第22回中央アジア古文書研究セミナー(2024/3/23~24)報告

第22回「中央アジア古文書研究セミナー」を、下記の要領で開催いたしました。

日時: 2024年3月23・24日(土・日) 13:30~18:30(両日とも)
場所: 京都大学文学研究科附属文化遺産学・人文知連携センター羽田記念館(京都市北区大宮南田尻町13)、オンライン(Zoomミーティング)

【プログラム】

23日(土)
13:30~13:50 参加者自己紹介
13:50~15:50 矢島洋一(奈良女子大学研究院人文科学系)
19世紀前半ヒヴァの奴隷解放文書
16:10~17:10 塩野﨑信也(龍谷大学文学部)
19世紀後半の南東コーカサスにおける離婚裁判文書」(1)
17:10~18:30 質疑応答
*司会:磯貝真澄(千葉大学大学院人文科学研究院)

24日(日)
13:30~14:30 塩野﨑信也(龍谷大学文学部)
19世紀後半の南東コーカサスにおける離婚裁判文書」(2)
14:40~16:40 杉山雅樹(京都外国語大学共通教育機構)
中央アジアにおける離婚訴訟に関するファトワー文書
17:00~18:30 質疑応答・総合討論
※18:30~ 懇談会(Zoomミーティング利用)
*司会:磯貝健一(京都大学大学院文学研究科)

【報告】

2024年3月23日~24日、第22回中央アジア古文書研究セミナーが開催された。本セミナーは、科研費(基盤研究(B))「ロシア帝国領中央ユーラシアにおける家族と家産継承」(代表:磯貝健一)と科研費(学術変革領域研究(A)・公募研究)「18~19世紀のロシアにおけるイスラーム法学の継承をめぐるムスリム知識層の形成」(代表・磯貝真澄)の共催である。京都大学文学研究科附属文化遺産学・人文知連携センター(羽田記念館)での対面とオンライン(Zoomミーティング)を組み合わせたハイブリッド形式で開催され、対面で16名、オンラインで14名の計30名が参加した。各セッションでは矢島洋一氏(奈良女子大学)、塩野﨑信也氏(龍谷大学)、杉山雅樹氏(京都外国語大学)が講師をつとめ、文書の解説と講読、質疑応答が行われた。

矢島洋一氏は、19世紀前半ヒヴァの奴隷解放文書2点(ウズベキスタン共和国イチャン・カラ博物館所蔵)を取り上げた。文書はイクラール(承認)形式をとり、ペルシア語(一部アラビア語)で書かれたもので、シーア派ムスリム奴隷を解放するという事例であった。本来イスラーム法上はムスリムを奴隷とすることはできないが、18~19世紀初頭のブハラやヒヴァでは、シーア派ムスリムが奴隷として売却されていたことが説明された。講読では関連するハディースの紹介も交えつつ、カーディーの印章の解読も行われた。

塩野﨑信也氏は、昨年度に引き続き、19世紀後半南東コーカサス地域のシャリーア法廷文書(アゼルバイジャン国立歴史文書館所蔵)を取り上げた。まず、ロシア帝政下の当該地域ではシャリーア法廷は宗派別に編成され、婚姻と遺産に関する訴訟のみを管轄したことが説明された。講読では、スンナ派男性とシーア派女性の間に生じた婚姻事件の裁判に関わる、古アゼルバイジャン語で書かれた2点の文書を扱った。講読は2日間に分けて行われ、1日目は妻が婚姻の不正さを県メジュリスに訴える請願書、2日目は県メジュリスからシーア派ムスリム宗務管理局に宛てた文書送付の連絡書にとりくんだ。この裁判は、宗派が異なる夫婦間の訴訟で、妻が夫の誘拐による不当な婚姻を主張したため、両派のシャリーア法廷と刑事事件を扱う治安判事もかかわる非常に複雑な経緯をもつものであった。講読後に講師より訴訟の全体像について解説がなされた。

杉山雅樹氏は、ロシア帝政期中央アジアで発行された離婚訴訟に関するファトワー文書2点(サマルカンド州立郷土博物館及び国立ブハラ建築美術博物館保護区所蔵)を取り上げた。1点目は、被告側からなされた反訴の有効性を問うもの、2点目は、先払い婚資の請求に関するものであった。両文書とも本文(案件の説明・要請内容・回答)はペルシア語、余白部分の法学書からの引用(回答の法的根拠)はアラビア語で記述された。2点目の文書には本文中にテュルク語の箇所があり、これは「タズキラ」(カーディーにより発行される審理内容を記録した文書)からの引用であることが説明された。

今回は婚姻やシーア派ムスリムが関わる事例が多く、質疑応答と総合討論ではこれらの点に関心があつまった。総合討論では、離婚の条件や、離婚訴訟ではほぼ妻が原告である点など、離婚を巡る人びとの法的行動について意見が交わされ、オスマン朝の事例も紹介された。また、文書の多言語性についても質問がでた。さらに、菅原純氏(中国・蘭州大学)より、新疆のシャリーア法廷文書をウェブ上で公開するKashgar Contractual Documents Collectionについて情報提供がなされた。

報告者は前回から参加させていただいているが、本セミナーは古文書読解の基礎知識を学ぶことができる大変貴重な機会であると実感している。配布資料には文書の形式や背景の説明、参考文献が示され、専門家の解説の下で講読が進められる。同時に、本セミナーにはイスラーム法文書に関心を持つ様々な地域・分野の専門家が集まり、それぞれの知識をもちよって議論が展開される。こうした議論に触れることも若手参加者にとって大きな刺激となるだろう。このような場を提供いただいた講師の矢島洋一先生、塩野﨑信也先生、杉山雅樹先生、そして本セミナーの開催運営に尽力されている磯貝健一先生、磯貝真澄先生はじめ関係する皆様に御礼申し上げたい。

(文責:出川英里・千葉大学人文公共学府博士後期課程)

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