第20回中央アジア古文書研究セミナー(2022/3/26~27)報告

第20回「中央アジア古文書研究セミナー」を、下記の要領で開催いたしました。

日時: 2022年3月26・27日(土・日) 13:30~17:30(両日とも)
場所: 京都大学文学研究科附属文化遺産学・人文知連携センター羽田記念館
(京都市北区大宮南田尻町13、https://www.bun.kyoto-u.ac.jp/ceschi/hkk-top/
オンライン(Zoomミーティング))[プログラム]

26日(土) 司会: 磯貝健一(京都大学大学院文学研究科)
13:30~13:50 参加者自己紹介
13:50~15:20 磯貝真澄(千葉大学大学院人文科学研究院)
「ヴォルガ・ウラル地域の婚姻と離婚の記録」
15:30~17:00 矢島洋一(奈良女子大学研究院人文科学系)
「離婚に関するファトワー文書」
17:00~17:30 質疑応答

27日(日) 司会: 矢島洋一
13:30~15:00 杉山雅樹(京都外国語大学外国語学部)
「ワクフに関するファトワー文書」
15:15~16:45 磯貝健一
「反訴(dafʿ)に関連するファトワー文書」
16:45~17:30 質疑応答・総合討論

【報告】

2020年3月26~27日、第20回中央アジア古文書研究セミナーが京都大学文学研究科付属文化遺産学・人文知連携センター(羽田記念館)において開催された。本セミナーは、磯貝健一氏(京都大学)が代表を務める科研費(基盤研究(B))「近代中央アジアのムスリム家族とイスラーム法の社会史的研究」の助成によるものである。

20年という節目の年を迎えた本研究会であるが、昨今の新型コロナウイルスの流行を受けて、今年度は対面とzoomによるオンラインを併用するハイブリッド形式で開催された。形態はやや特殊であったものの、北海道を含めた日本各地から多くの研究者・学生が参加した。総参加者数は28名で、講師を含む9名が羽田記念館に来場した。

研究会の始めには、磯貝健一氏の司会のもと参加者による自己紹介が行われ、次いで文書の講読が行われた。1日目は、磯貝真澄氏(千葉大学)・矢島洋一氏(奈良女子大学)が講読を担当し、2日目は、杉山雅樹氏(京都外国語大学)・磯貝健一氏が担当した。

磯貝真澄氏の講読では、ヴォルガ・ウラル地域で作成されたムスリム教区簿冊を取り上げた。セッションの最初に同簿冊についての説明があり、ロシア語に由来する語彙を含むタタール語の文献であること、離婚の部も含む点で正教徒の簿冊と異なることなどが解説された。次いで、ロシア連邦バシコルスタン共和国国民文書館所蔵の1897年ウファ県ベレベイ郡ビクメト村の婚姻簿の講読が行われた。チャガタイ語ともオスマン語とも異なるタタール語は読解が困難であったが、本人たちが望むならば結婚の際に離婚の停止条件を定めておくことができること、婚姻の立ち合い人たちがタムガを記していること、政府側が実質的な結婚税を徴収していたことなど、その特徴の一端にふれることができた。残念ながら、時間的な制約から離婚の部の講読を行うことはできなかった。

矢島洋一氏の講読では、離婚に関するファトワー文書を扱った。使用した文書は2点ともウズベキスタン共和国フェルガナ州歴史文化国立博物館所蔵の物であった。1点目の文書は、夫が妻に対し「立て、出て行け」という離婚の暗示的文言を発言してしまったものの、離婚を意図しての発言ではなかったため離婚が発生しないという内容のものであった。2点目の文書は、夫がかつて「飲酒をしたならば3回離婚である」という宣誓をしていたにもかかわらず飲酒をしてしまったため、離婚の約定(sharṭ)が無効であることを認めることでその約定の結果(mashrūṭ)である離婚も発生しないことを認めるファトワーであった。どちらの文書においてもファトワー本文内での要請者の発言が、ペルシア語ではなくテュルク語で記述されていることが特徴的であった。この点については、矢島氏から何語で離婚の文言を発するかが重要であるという補足説明がなされた。また、両文書においてファトワーが要請された背景についても議論が及び、婚資が絡んでいるのではないかとの推測がなされた。講読と合わせて、カーディ―の印章の読解も行われた。

杉山雅樹氏の講読では、ワクフに関するファトワー文書を取り上げた。使用した文書2点は、フェルガナ州立博物館所蔵のものであった。最初に講読を行った文書は、ある土地をワクフの管財人が占有しており、その占有を人証や証明を欠いた原告の主張だけでは妨げることができない、という内容のファトワーであった。2点目の文書は、ワクフの条件として廟前でのクルアーンの朗読を定めたが、その場所指定が無効であることを認めるファトワーであった。2点目の文書で議論となったのは、maqṣūra-khān という文言であり、「クルアーンの縮小朗読」を指すのか、それとも「(廟の)小部屋における朗読」を意味するのかについて議論が交わされた。後者の場合であれば、シャリーア遵守の厳格化という当時の時代的状況を反映することとなるため、1件のファトワーの中に11個という多数の印章があることも頷ける興味深い文書であった。また、矢島氏のセッションと同じく、本講読でも印章の読解が行われた。

磯貝健一氏の講読では、被告の反訴の中に承認が含まれるファトワー文書が取り上げられた。使用された文書は、サマルカンド州立博物館所蔵の物であった。その内容は、合法売買を行った貸借人である原告が元金も賃料も払わなかったにもかかわらず、すでに支払い済みであると反訴したものであった。しかしながら原告は人証を援用することができず、結果として原告の反訴は退けられた。この場合、本来は元の案件の原告側の審議が再開されるはずであるが、反訴の原告の主張の中に元の案件についての承認が含まれていることになる。したがって、元の審議が再開されることなく、案件の原告(反訴においては被告)が勝利することとなった。こうした複雑なプロセスについては、オスマン朝の裁判制度と比較した議論がなされた。

総合討論では、杉山氏の2点目の文書に登場したKhalīfa Iltimishという人名について補足情報がもたらされるとともに、maqṣūra-khānについて議論が深められた。また、磯貝氏の文書について、当該文書では合法売買の年利が15パーセントであったが、紀元前2000年期の楔型文字の文書でも同様に10~30パーセントであるとの意見が寄せられ、中央アジアのみならずより広い視野で比較検討していく可能性が示された。

20年もの歴史をほこる本研究会であるが、報告者は去年度から参加した新参者である。多数の専門家が集う本研究会は、こうした新規参加者に古文書の読み方を丁寧に教授するのみならず、そうした資料読解を通じて当時の人々の営為を再構築していく、歴史研究そのものの面白さも再認識させてくれる。そうした体験を提供する本研究会を長年運営され自ら講師も務められた磯貝健一氏、矢島洋一氏、磯貝真澄氏、杉山雅樹氏、4名の先生方には心からお礼を申し上げるとともにあらためて感謝したい。末筆にはなるが、節目の年を迎えた本研究会が今後も30年、40年と継続し、益々発展していくことを切に願いたい。

(文責:對馬稔・京都大学文学研究科博士課程)

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