第19回中央アジア古文書研究セミナー(2021/3/13)報告

第19回「中央アジア古文書研究セミナー」を、下記の要領で開催いたしました。

日時: 2021年3月13日(土) 13:30~18:00
場所: オンライン(Zoomミーティング)
(京都大学文学研究科附属文化遺産学・人文知連携センター羽田記念館)
https://www.bun.kyoto-u.ac.jp/ceschi/hkk-top/)

【プログラム】 司会: 矢島洋一(奈良女子大学研究院人文科学系)
13:30~13:45 参加者自己紹介
13:45~15:30 磯貝健一(京都大学大学院文学研究科)
磯貝真澄(東北大学東北アジア研究センター)
「遺産分割文書と相続分の算定:ロシア帝国トルキスタンとヴォルガ・ウラル地域の比較から」
15:45~17:30 杉山雅樹(京都外国語大学外国語学部)
「ワクフに関するフェルガーナのファトワー文書」
17:30~18:00 質疑応答
※18:20~ 懇談会(Zoomミーティング利用)

【報告】

2021年3月13日、第19回中央アジア古文書研究セミナーがオンライン(Zoomミーティング)で開催された。本セミナーは、科研費(基盤研究(B))「近代中央アジアのムスリム家族とイスラーム法の社会史的研究」(代表:磯貝健一)の助成によるものである。学部生・修士課程の学生を含め29名が参加した。例年、日本全国から多くの参加者を惹きつけてきた本セミナーは、今年度はオンラインで実施されたこともあり、国外からの参加も得た盛況ぶりであった。矢島洋一氏(奈良女子大学)による司会進行の下、参加者の自己紹介があり、その後、磯貝健一氏(京都大学)、磯貝真澄氏(東北大学)、杉山雅樹氏(京都外国語大学)による古文書の講読が行われた。

磯貝健一氏は、ロシア帝国トルキスタン地方サマルカンド州の遺産分割文書を取り上げ、シャリーア法廷の主要業務に位置づけられた相続分の計算実務を扱った。算出方法の基本原則(相続分の整数表示や相続人のグループ化など)や持分相続 munāsakha(共有状態の相続財産は、共有者が死亡した場合に当該人物の持分が相続の対象となるため)の計算方法が練習問題も交えながら詳細に解説された。その後、ウズベキスタン中央国立文書館所蔵のトルキスタン地方サマルカンド市法廷の台帳に収録され、未成年者の相続した財産に関する20世紀初頭の文書を講読した。

続いて磯貝真澄氏の講読は、19世紀末のヴォルガ・ウラル地方で作成され、ロシア語由来の語彙も混在するテュルク語の遺産分割証書(ロシア連邦バシコルトスタン共和国国民文書館所蔵)を取り上げた。宗務協議会管轄下のムスリム居住地域において、教区と同等の単位として編成されたマハッラのイマームが担当した遺産分割に関する文書であった。相続分計算過程で見られる中央アジアの慣行との類似点と相違点(たとえば、相続分配当において、中央アジアでは息子の持分が娘2人分として算出されるのに対し、ヴォルガ・ウラル地方では娘2人分で息子1人分と計算する)に焦点があてられた。

 杉山雅樹氏は、帝政期中央アジアで発行された、ワクフに関するファトワー文書を取り上げた。文書形式の解説(案件説明と要請内容、ムフティーによる回答から成る本文と、文書の下余白に記され、法学回答の根拠とされた法学書からの抜き書きから構成される)やワクフについての基本事項の確認を踏まえ、qārīkhāna(マクタブ卒業後の男子を対象に、コーラン暗唱を学習目的としたイスラーム教育機関)のために設定されたワクフ財の買い替え istibdāl に関するファトワー文書(フェルガーナ州立博物館所蔵)を講読した。

最後の質疑応答では、遺産分割文書の代表性(相続人が遺産を共有物として保持している場合や、相続人間の和解によって分割した場合 takhāruj には文書は作成されない)や中央アジアの特殊性(オスマン朝やイランでは、相続分の途中計算は文書に記されない)にとりわけ関心が集まった。

今回で19回を数える本セミナーの参加者の多くが継続参加者であるなか、報告者は初めての参加であった。本セミナーは、中央アジア古文書の読解を集中的に訓練する場として後継者育成に貢献するとともに、異なる地域・時代を専門とする熟練研究者と若手研究者が一堂に会し、講読史料を土台として専門知識を共有しつつ、比較史的知見も含めた高度な議論が繰り広げられる稀有な機会であることを実感した。本セミナー開催に尽力された磯貝健一先生、磯貝真澄先生、矢島洋一先生、杉山雅樹先生に、心から敬意と謝意を表したい。

(文責:守田まどか、東京大学東洋文化研究所)

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