第11回「近代中央ユーラシア比較法制度史研究会」(2018/11/24)報告

第11回近代中央ユーラシア比較法制度史研究会は、科研費(基盤研究(B))「近代中央アジアのムスリム家族とイスラーム法の社会史的研究」(研究代表者:磯貝健一)の助成で開催されました。その実施報告を掲載します。

【概要】

2018年11月24日(土)、ペガサート・静岡市産学交流センター(静岡県静岡市)で、第11回近代中央ユーラシア比較法制度史研究会が開催され、国内から17名の研究者が参加した。研究報告は、和崎聖日氏(中部大学人文学部・講師)による「ソヴィエト・ウズベキスタンにおける「婚資」の問題―体制派とイスラームの諸潮流」と、磯貝真澄(京都外国語大学外国語学部・非常勤講師)による「ロシア帝国ヴォルガ・ウラル地域のムスリムの婚姻簿―法社会史研究の試み」だった。

和崎氏の報告は、現在のウズベキスタンで、ニカーフと呼ばれる、イスラーム法に基づくと認識される婚姻儀礼が広く行われるにもかかわらず、イスラーム法の規範に由来する婚資(マフル)が忘れられ、まったく実践されないのはなぜか、という問いから始まるものである。ロシア帝政期の中央アジア南部地域(特にフェルガナ盆地やマーワラーアンナフル)の定住民社会では、イスラーム法のハナフィー派の規定に基づく婚資(マフル)が、「土着」の婚資(遊牧社会由来とされる、カリン)と入り混じって定着していた。20世紀初頭、ジャディードとみなされるタイプの知識人らは、安価なマフルを推奨するとともに、カリンを「花嫁の購入」とみなして厳しく批判した。ソ連初期には、ソヴィエト体制に従うイスラーム知識人が、そうしたジャディードの議論を継承した。ソ連中・後期にはムスリム宗務局がやはり高額なマフルとカリンを批判し続けた。こうした過程とあわせて、20世紀前半の粛清や、戦争による人口減、経済難によってマフルの存在が忘れられたと考えられることを、和崎氏は論じた。和崎氏の報告は、人類学の専門家が一定程度文献学の手法を用いることで議論の幅が広がることを示す、新味あるものだった。また、磯貝は、19世紀末にヴォルガ・ウラル地域で作成されたムスリムの教区簿(教区簿冊)の婚姻簿の内容を紹介し、それを史料とする社会史研究の可能性を提示した。いずれの報告にも多くの質問がされた。和崎氏の報告については、婚資にまつわる言説とその実態の問題をめぐって活発な議論が行われた。磯貝には、教区簿が当時どのように利用されたのかを説明すべき旨の指摘があった。

翌11月25日(日)には、科研費による共同研究の計画と予定について打ち合わせが行なわれた。今後の研究会議と研究出張の計画について、詳細が決められた。

(文責:磯貝真澄)

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