公開講演会「地域を知る、歴史から考える:交差する中東・南アジア・中央アジア」報告

NIHUプログラム・イスラーム地域研究では、2015年度合同集会「地域を知る、歴史から考える:交差する中東・南アジア・中央アジア」を下記要領にて開催しました。今年度は2期10年にわたるイスラーム地域研究プログラムの最後の合同集会となりますので、原点に立ち返って「地域研究」をテーマといたしました。
2015年度NIHU合同集会 公開講演会
「地域を知る、歴史から考える:交差する中東・南アジア・中央アジア」

日時:2016年1月30日(土)13:00-17:10
場所:早稲田大学早稲田キャンパス3号館501号室

プログラム

司会:近藤信彰(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)12:30 開場

13:00 開会の辞
小長谷有紀(人間文化研究機構地域研究推進センター長)

東洋文庫拠点紹介

13:20 「地域研究と比較史:イスラームの都市社会」
三浦徹(お茶の水女子大学/東洋文庫拠点代表)[報告] [講演原稿とスライド]

14:00 「中央アジア法廷文書史料の可能性」
堀川徹(京都外国語大学)[報告]

14:40 「女性・ジェンダー史からみえるオスマン帝国の社会」
秋葉淳(千葉大学)[報告]

15:20 「多文化主義の歴史的土壌と南アジアの政治」
竹中千春(立教大学)[報告]

16:00 休憩

16:10 総合討論 [報告]

17:00 閉会の辞
桜井啓子(早稲田大学/NIHUイスラーム地域研究研究代表)

合同集会ポスター

講演会ポスター(クリックで拡大します)

【報告】

講演1「地域研究と比較史:イスラームの都市社会」三浦徹(お茶の水女子大学/東洋文庫拠点代表)

(講演原稿とスライドはこちら

三浦氏は、イスラーム地域の都市社会の特徴を、他地域との比較を交えながら歴史的に考察することで、地域相互の理解に資する地域研究のあり方を提示した。

発表は2部構成を取り、第1部ではイスラーム地域の比較研究のモデルを示した。初めに代表的な地域研究論を複数取り上げ、設定した地域枠組みの相対化の必要性がこれまでの研究で求められてきた点を踏まえた。その上で、西洋vsアジアという二分法に陥らないように、比較の対象とする地域を3つ設け、地域の「特殊性」を複数の要素の編成による違いと捉える考えを提示した。具体的には、イスラーム地域の社会の特徴を捉える際、日本・中国・東南アジアを比較対象に挙げ、それらの組み合わせから成る3地域における、所有・契約・市場・公正の仕組みを検討した事例を紹介した。そして、地域を越えて類似した現象がみられる際も、こうした現象の基となる複数の要素の編成に着目することで、地域の共通性・固有性を分別して検討することが可能になるとした。

第2部ではイスラーム地域の都市社会の特徴を具体的な例と共に示した。初めにイスラーム都市を、歴史・文化的蓄積を通じ形成された、様々なネットワークの結節点とする見方を提示した。これは、2項対立―都市/農村、自治/自治不在、欧米/イスラーム―に基づく従来の都市論を批判的に捉えたもので、固定的な制度・組織といったハード面だけでなく、社会集団とその関係というソフト面にも着目し、両者の相互関係を論じる必要があるとした。

その上で三浦氏が長年調査してきたダマスクス・サーリヒーヤ街区を事例に、12-20世紀にかけての都市社会の変容を、3点-ワクフの変化、ヤクザの役割、契約と裁判-から解説した。ここでは都市空間の利用の個人単位の細分化がワクフの盛衰に結びついたこと、ヤクザは時の支配者に応じて公正(アドル)・非公正(ズルム)双方の役割を演じ得ること、法廷で扱われる内容の約半数が、個人主体の所有権を前提とした、不動産と相続関連のものであったことが示された。

最後はイスラーム都市の特徴を、地域間比較を通じ論じた。ここでは先程の3点(寄進・ヤクザ・契約と裁判)に関し中国・ヨーロッパ・日本の事例を示した上で、イスラーム(都市)社会の特徴を、ワクフや不動産取引にみられるような個人を単位とした所有権の発達とその裏返しでもある個人主義の根強さ、相対的正義に基づく秩序にあるとした。そして、こうした特徴は、ソーシャル・メディアの発達や近年のISの台頭といった、イスラーム地域でみられる様々な現代的現象にも示唆を与えるものだと指摘し締めくくった。質疑では、ワクフ運用における税金回避の目的の有無や、ワクフの種類(慈善・家族)ごとの私的財産化について、具体的な情報が求められた。

(文責 水澤純人)

講演2「中央アジア法廷文書史料の可能性」堀川徹(京都外国語大学/東洋文庫)

講演2では堀川氏が、1992年から約25年間にわたって携わってきた中央アジア古文書研究プロジェクトについての報告を行った。このプロジェクトでは、主にウズベキスタンにおける古文書、特に台帳や証書からなるシャリーア法廷文書の収集と目録作成、そしてそれらの文書の分析を通した研究がなされてきた。

現在、これらの古文書の多くは国立中央文書館やタシュケント国立東洋学大学東洋写本センターが有しているが、それらは氷山の一角にすぎず、個人が有しているものや地方の博物館に所蔵されている古文書も数多く存在していることが判明している。氏は1992年にある個人から古文書コレクションを購入したことをきっかけに、このプロジェクトを開始した。1992年から2001年までの第1期の間は、主にこの古文書コレクションのカタログ作成に力点が置かれていた。第2期にあたる2002年から2016年までの期間は、第1期のノウハウやネットワークを生かして、古文書の収集・整理・目録化と研究が行われてきた。

このプロジェクトの第1期の成果として、19世紀から20世紀初頭にかけてのヒヴァ・ハン国のカーディー文書の解説付き目録、 Urunbaev, A., T.Khorikava, T.Faiziev, G.Djuraeva, K.Isogai (2001) , Katalog Khivinskikh kazijskikh dokumentov XIX vv.が刊行されている。第2期では、最初に6000余点の古文書データが収集されたのをはじめ、プロジェクト外研究者による文書目録・ファクリミリ版の刊行を挙げることができよう。また、文書研究では、書式研究がなされるとともに、現在ではペルシア語文書やチュルク語文書を利用した研究もなされている。主なトピックとして、シャリーア法廷の仕組みをはじめ、中央アジアにおけるシャリーア法廷へのロシア帝国統治システムの影響と制度の変更、また地域間比較や時代的変遷に関する研究が挙げられる。これら最新の研究成果を踏まえつつ、東洋文庫拠点と共催で京都外国語大学を拠点に「中央アジア古文書研究セミナー」が毎年開催されている。

氏は、プロジェクトを通じて日本人研究者とウズベキスタン研究者との協力関係が構築できたことが大きな収穫であったと強調していた。

(文責 松田和憲)

講演3「女性・ジェンダー史からみえるオスマン帝国の社会」秋葉淳(千葉大学/東洋文庫)

秋葉氏は、オスマン帝国社会における女性について講演を行った。秋葉氏は、これまでの歴史的資料は99%以上が男性によって書かれたものであったという史料的制約や、先行研究ではジェンダーの視点が不十分であるという問題点に触れ、約半分の人間が女性である以上、当時の女性の活動にも焦点を当てる必要があると指摘した。

法廷台帳は、当時の人々の生活を知る上で重要な史料である。そこで秋葉氏は、これらの史料から、女性が法的・経済的主体として財産を所有し、売買や貸借に関わっていたことを示した。

また、オスマン帝国における女子教育(1811年)については、当時の文書から女子学校や女性教師が存在し、全体の6分の1にあたる17%の女子が学校に通っていたことを示した。これらの学校に通学していた女子は中間層であり、高所得者層の女子は家庭教師を雇用していたであろうことを考慮すると、女子の教育普及率の割合は、さらに高くなると考えられる。

また、オスマン政府へ直接嘆願書を提出したり、1757年の米騒動(イスタンブル)や1820年の都市騒乱(アレッポ)、1840年の検疫所襲撃(イズミト)のような抗議行動を起こしたりした女性たちの記録も存在し、歴史的資料が少ないながらも、女性たちは主体的に社会運動に参加したり、直接政府に働きかけをしたりしていたことが明らかにされた。

今後の展望としては、①新しい史料を発掘する必要性や②新しい分析手法や分析視角を導入し、従来の史料を見直す必要性、③日本におけるイスラーム地域に関する女性史・ジェンダー史研究をより活発に行い、歴史の中の女性像を見直す必要性があることが指摘された。

(文責 藤井千晶)

講演4「多文化主義の歴史的土壌と南アジアの政治」竹中千春(立教大学)

竹中氏は、南アジアの大国であり、多文化・多民族という歴史的土壌のあるインドにおいて、ナショナリズムや民主主義がいかに機能してきたかについて、ヒンドゥー教徒とムスリムの対立に焦点をあてつつ報告を行った。

現在、ヒンドゥー教徒が約80%、ムスリムが約13%を占めているインドでは、ムスリムはマイノリティであり、階層的・地理的に偏った存在であると同時に、外のイスラーム地域との繋がりを持つと見られている。こうしたマイノリティの問題をいかに乗り越え、国民的まとまりを創っていくということがインド民主主義の課題である。

独立前のインドのナショナリズムの特徴は、マハトマ・ガンディーが掲げたような、多様性を包含するインド像にあったが、独立後の憲法に見られるインド型世俗主義は、分離独立過程で起こった暴動の経験を踏まえ、国家が宗教的マイノリティを保護することを謳っている。インド型民主主義は、一人一票を確保する議会制民主主義と議員内閣制、多様性を確保するために連邦制を展開してきたが、カーストをどう乗り越えるかが問題である。インド憲法は、かつてのアウトカースト(SC)や指定部族(ST)を、特別選挙区として一定の議席を確保するなどの逆差別制度によって保護している。ただし、宗教的マイノリティであるムスリムには、植民地時代に与えられた分離選挙区が印パ分離独立の原因となったと批判された経緯などから、特別選挙区は与えられなかった。

ガンディーやネルーが率いたナショナリズムは、エリートの国民意識であり、貧しい人たちが除外されていたということが歴史学の問題として取り上げられるようになり、70年代後半から、本格的な民主化の運動が起こった。1977年の総選挙で国民会議派を破ったジャナタ(人民)連合による政権は、旧シュードラ階層に属する貧しい農民を保護するOBC(Other Backward Classes)政治を行った。このことは、民主主義の中で、排除されていた人たちを国家のリソースや権力に再度取り込むことで国民のまとまりを回復しようというダイナミズムが起こったことと評価できる。

90年代に入ると、ポスト社会主義国家への転回が起こり、豊かさやアイデンティティが追求され、ヒンドゥー至上主義が台頭し、ムスリムへの暴力が多数発生した。

こうした中、民主主義がイスラームをまとめるのに機能している例として、票田の算数と呼ばれる選挙行動があげられる。インドの選挙戦では、様々なカーストや宗教集団の票田を組み合わせて選挙を戦う。例えば、ブラフマン、クシャトリヤが中心のヒンドゥー至上主義者たちは、ムスリムを排除するが、OBC政党は下層カーストや先住民に加えてムスリムも味方に付ける。また、会議派は、エリートであるブラフマンを中心としつつムスリムへの保護を約束して味方に付けるなど、様々な票田の組み合わせがある。マイノリティであるムスリムたちは、2009年の総選挙では、宗教的指導者が、どの選挙区でどの政党を支持するかを、選挙の2日前にモスクの集会で指示するなどの方法で戦ったが、2014年の選挙ではこれが機能せず、ヒンドゥー至上主義者が北インドで圧勝することとなった。このように、ナショナリズムの大きなダイナミズムの中で、どのように草の根の利益を主張しながら対立・交渉・合意に持っていくかというところに、ムスリムたちの苦労・政治的工夫がある。

(文責 徳原靖浩)

総合討論

まず、イスラーム法廷文書で女性がどのように登場するか、という質問があり、磯貝健一氏(追手門大学、東洋文庫研究員)から、19世紀中央アジアの法廷文書において、女性には代理人がつくことが多いこと、遺産相続において、不動産の取り分が女性に回るかどうかは具体的な事例を調べていく必要があることが指摘された。三浦氏は、19世紀ダマスクスのサーリヒーヤ法廷の台帳では、女性の相続分は、イスラーム法の規定(妻は1/8、子どもは男1、女1/2で按分)どおりに相続していること、女性の相続人は総数のほぼ半分であるが、被相続人は38%で、相続した財産を生涯のうちで失う傾向がみられること、不動産の売買において、女性の売手は45%であるが買手は28%で、相続した不動産の取分を売って現金化する傾向がみられると報告した。秋葉氏は、女性が不動産売買を行う場合に代理人がつくことが多いが、ジェニングスの研究では取引者が女性の場合でも3割は代理人なしで行っていること、訴えをする場合、女性本人が行い、嘆願書には女性の名前が記されていると補足した。後藤絵美氏(東京大学東洋文化研究所)から「歴史研究のなかで、女性をトピックに扱うことで、ガラッとちがってみえてくることがあるのではないか」という意見があり、秋葉氏は「歴史史料では男性的コンテクストで述べられることが多いが、食糧危機など男性が無力な場面で女性が登場するということがあるのではないか」と述べた。竹中氏からは、中東・イスラーム地域の研究者がジェンダー・女性の研究に取り組んでほしいという期待が述べられた。

さいごに、歴史研究と地域研究との関わりについて質問があり、各報告者はつぎのように述べた。竹中氏「インドは何千年も異質なものが共存する社会であるというコンセンサスとともに、ヒンドゥーの歴史だという見方もある。インド人は議論好きで、寛容性がある社会で、国民会議派は多様性をまとめるシステムともいえる」。秋葉氏「大学の学部は地域研究の学科を卒業したが、大学院は東洋史であり、あまり地域研究ということは意識してこなかったが、オスマン帝国という地域設定は、現在の中東諸国体制を相対化する視点を提供する」。堀川氏「ウズベキスタンを例にすれば、ロシア統治やロシア革命がなにをもたらしたかを考えることで、歴史の連続性と非連続性をみることができるだろう」。

企画者でもある三浦氏はつぎの3点を指摘した。第一は、中東研究において、近代以前の社会の多様性が強調され、近代の国民国家の成立は、その点でネガティヴにとらえられ、今日のインド政治についての報告のように、国民国家のなかでの多様性や政治構造の変容といった問題があまり扱われていない。言い換えれば、社会的多様性という問題をとっても、近代以前と近代以降の連続と非連続の両面を検討する必要がある。第二に、史資料に書かれた生の情報ではなく、そこから一段階二段階抽象化・理論化したものを互いに持ち寄ることで、時代や地域をまたいで議論することが可能になり、新しい発見ができる。第三に、イスラームというファクターの扱いである。イスラームという要素から先験的にある事象やある社会の変化を説明するのではなく、イスラームという要素をもたない地域との比較を意識的におこなうことによって、イスラームという要素の地域における働き方や特徴を判別できるのではないか。それが、「イスラーム」を地域研究として研究する手法ではないだろうか。

(文責 三浦徹)

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