第8回中央アジア古文書セミナー(2010/4/3)
ウズベキスタン 中央アジア・コーカサス 中央アジア古文書研究セミナー
科学研究費補助金「文書史料による近代中央アジアのイスラーム社会史研究」、およびNIHUプログラム・イスラーム地域研究東洋文庫拠点の共催による、「中央アジア古文書研究セミナー」を開催いたしました。
[主催] 京都外国語大学国際言語平和研究所
[共催] NIHU研究プログラム・イスラーム地域研究東洋文庫拠点
[日時] 2010年4月3日(土)10:30~17:30(懇親会18:00~19:30)
[場所] 京都外国語大学 11号館2階会議室
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10:30-12:00 講演 Bakhrom ABDUKHALIMOV氏
(ウズベキスタン共和国科学アカデミー東洋学研究所所長)
「ウズベキスタン共和国科学アカデミー東洋学研究所の古文書史料について」(仮題)※英語、通訳なし
12:00-13:00 昼食
13:00-14:30 古文書講読 矢島洋一「ホラズム人民ソヴィエト共和国期文書」
14:30-14:45 休憩
14:45-16:15 古文書講読 磯貝健一「中央アジア各地のファトワー文書」
16:15-16:45 コーヒーブレイク
16:45-17:30 総合討議
18:00-19:30 懇親会
[概要]
中央アジア古文書セミナーは今回8回目を数える。今回は、中央アジアにおける古文書調査の拠点でもあり、ウズベキスタンにおいて堀川教授と共同研究を行っている、ウズベキスタン共和国東洋学研究所(ビールーニー研究所)所長、アブドゥハリモフ博士の来日にあわせての4月開催となった。年度始めの時期ではあったが、関西、関東、北海道から参加者を得て、また、上記東洋学研究所の研究員で、現在日本学術振興会の招聘研究員として日本で研究活動に従事されているバフティヤール・ババジャーノフ博士も参加され、参加者は約30人を数えた。
午前中は、プロジェクトの責任者である堀川徹教授(京都外国語大学)による趣旨説明が行われたあと、来日されたウズベキスタン東洋学研究所所長のアブドゥハリモフ博士が紹介され、続いて博士自身が “Research on the historical documents in the al-Biruni Institute in Tashkent and its perspectives”と題する講演を行った。
アブドゥハリモフ博士のご講演の内容は二部に分かれる。
第一部は、これまでの中央アジア史研究を概観した後に、現在のウズベキスタン東洋学研究所(ビールーニー研究所)で行われている外国の学術機関との共同研究についての説明がなされた。帝政時代以来、ソヴィエト時代を中心とした、ロシア系研究者による文書研究の歴史、その成果などが簡潔に概観された。参加者の半数以上は中央アジア史を専攻しているわけではないため、博士による紹介は、これまでのロシア・ソ連東洋学の成果・特徴の概略を理解する上では非常に有益であった。
続いて東洋学研究所による積極的な外国学術機関との共同研究が紹介された。堀川教授率いる本プロジェクトの他、ドイツのハッレ大学との共同研究、トルコのハジテペ大学との共同研究にも話は及び、同研究所がウズベキスタンを代表する学術機関として独自の研究活動だけでなく、外国研究者に積極的に便宜を供与し、中央アジア史研究の発展のために尽力している事情を知ることが出来た。
第二部として、同研究所が所蔵するナサフィー Abū Hafs al-Nasafiによる12世紀末のアラビア語の百科書的文献Matla‘ al-nujūm wa Majma ‘ al-‘ulūm(1364年書写)を紹介した。同文献は世界のどこにも見られない貴重な文献であり、ウズベキスタン東洋学研究所のみに所蔵されているという。同書を参照することで14世紀中央アジアでどのような法廷文書が作成され世の中で利用されていたのかを知ることが出来ると述べられた。
質疑においては、ドイツ・ハッレ大学の研究プロジェクトと日本側の研究プロジェクトの間にある研究傾向の違いや、所蔵するワクフ文書には、設定文書、運用文書、会計文書など複数の種類が存在するのかといった質問が上った。また紹介された写本について、これは「シュルートshrut」と呼ばれる文献ではないか、との問い合わせに対し、同書が、今回紹介した部分だけでなく、法学feqhや科学天文学など極めて多様な分野の情報を含み、百科辞典的な作品であることが改めて確認された。
このようにいずれの質問に対してもアブドゥハリモフ博士は補足的な情報も含めて丁寧にお答えくださった。アブドゥハリモフ博士自身はアラブ科学史の研究者であるが、本セミナー参加者の興味関心にあわせて、古文書研究に関する貴重な報告をいただけたことに感謝したい。
午後からは、例年通り、磯貝健一氏と矢島洋一氏による古文書講読の講習が行われた。今回矢島氏が取り上げた資料は、帝政崩壊後のホラズム人民ソヴィエト共和国時代の文書であり、現在ヒヴァのイチャン・カラ博物館に所蔵されている。
今回特に「請願 ʻarz」という種類の文書を講読した。これまでプロジェクトで発見された「請願」文書数百点にはワクフ関係の請願が多い。これらを網羅的に分析すると、ホラズム共和国時代のワクフについて飛躍的に研究が進むであろうことが明らかにされた。
同文書は主としてアラビア文字のチュルク語で書かれる。ワクフ関係の文書は教育委員会の管轄にされており、同委員会に対する請願という形式をとる。多くは表に請願が書かれ、裏に請願に対する回答が記されるが、時折、表面に色違いのインクで重ねて記されたりもするため、判読しづらいことが多いという。実際の文書を通して、基本的な書式の確認をはじめ、解読する際のポイントなど、この新史料に関する貴重な成果がふんだんに披露された。講読した文書は、イマームの資格認定試験に関する請願やコーラン朗誦者とムタワッリーの関係に関する請願など、20世紀初頭の帝政崩壊後のワクフ行政に拘わる重要な情報が見られる。
矢島氏の講習に続き、磯貝氏による中央アジアのファトワー文書の講読・講習が行われた。今年扱われたファトワー文書は、ホラズム、ブハラ、フェルガナという所謂「三ハン国」各地からサンプルをそろえ、形式上の類似性を確認した上で、講読を行った。ホラズムからのファトワー文書は、同地がチュルク語化していたためにチャガタイ語(アラビア文字チュルク語)であり、ブハラ、フェルガナのファトワー文書はペルシャ語(タジク語)により記されている。ファトワー文書は「定型句+状況説明+見解」という組み合わせから構成され、文書の端に、事案に該当する法学書から抜き書きが記される。
講読した順に簡単に説明しておきたい。ホラズムのファトワー文書はワクフ設定後数十年後にワーキフの子孫が私有地としてムタワッリーに返還要求をしたことに対する反訴のためのものである。フェルガナのファトワー文書は、数十年前に占有された土地の返還にたいする反訴のためのものである。ブハラのファトワー文書は、過去に売買された土地の大きさを巡り、売り手の子孫が買い手に対して土地の一部の返却を求めたことに対する反訴のファトワーであった。講師の磯貝氏は、反訴の際には証拠となる証書が必要となるが、原告が訴えた際は、書かれた文書ではなく、証人が必要となる点が指摘された。
中央アジア古文書セミナーは、中堅・熟練の研究者と若手研究者が混じり、さらに中央アジア専門の研究者に限らず、オスマン史、アラブ史、イラン史、インド史など多地域の専門家が集まり、有益な情報を交換し、共有する恒例行事となっている。研究代表者としてプロジェクトの存続に尽力されている堀川徹教授をはじめ、講師を務めた磯貝健一氏、矢島洋一氏、さらにウズベキスタン内で研究協力を惜しまない東洋学研究所のアブドゥハリモフ博士やババジャーノフ博士に謝意を表しつつ、今後の継続・発展を期待したい。
文責:阿部 尚史(東京大学 グローバルCOE)
(2010年4月15日更新)