第6回中央アジア古文書セミナー(2008/03/16)
東洋文庫拠点共催 第6回中央アジア古文書セミナー(2008/03/16)
京都外国語大学国際言語平和研究所と共催で第6回中央アジア古文書研究セミナーを開催いたしました。
[主催] 京都外国語大学国際言語平和研究所
[共催] NIHU研究プログラム・イスラーム地域研究東洋文庫拠点
[日時] 2008 年3月16日(日) 11:00-17:00
[場所] 京都外国語大学 国際交流会館4階会議室
[プログラム]
11:00-12:30古文書購読(1)「中央アジアの法廷台帳」(矢島洋一)
14:00-15:30古文書購読(2)「サマルカンドのファトワー文書」(磯貝健一)
16:00-17:00 質疑応答と総合討議
17:30-19:30 懇親会(別会場)
[概要]
当日の参加者は約30名。東洋文庫拠点がチューリヒ大学より招聘したアストリド・マイヤー氏と日本学術振興会外国人特別研究員のシュテファン・クノスト氏も予習の上で本セミナーに出席し、資料講読及び訳を行った。海外招聘研究員の出席は前年度より二回目となるが(クノスト氏は二回目の出席)、レベルの高さ・内容ともに刺激を受けると好評である。
矢島洋一氏担当の「中央アジアの法廷台帳」では、前年度より引き続き法廷台帳の講読を行った。前回が契約文書などの登記台帳であったのに対し、今回は、カーディーによる判決を記録した「訴訟台帳」を題材とした。
最初に矢島氏より中央アジアにおける訴訟台帳導入の歴史とそのフォームについての概説があった。ロシア帝国統治下に(1892年)訴訟台帳は導入された。1枚目の表裏に訴訟内容と判決が記入され、2枚目は、一部が切り取られ訴訟当事者に給付される。台帳自体は、アラビア文字によるウズベク語とロシア語で書式が印刷され、本文はウズベク語で記入される。
続いて土地の権利をめぐる訴訟台帳を例として、その講読に移った。
文書の概容は以下の通り。
原告は、被告の侵奪・占有を訴えたが、被告がこれを否認したので、原告に挙証がもとめられた。それにも関わらず原告は挙証することができず、本件は被告の宣誓に委ねられた。被告は宣誓を行い、原告は敗訴となった。
磯貝健一氏担当の「サマルカンドのファトワー文書」では、前年に続いてファトワー文書の講読を行った。
講読例となったファトワー文書の概容は以下の通り。
Muhammad Yusuf は、購入および相続によって、屋敷を所有したが、Khuja Muhammadがこれを不当に占拠している。(本件不動産について)売買文書にはカーディーの印章があり、文書台帳に登録されている。
その上で本文書は「この証書を追認して、Khuja Muhammadに対して屋敷の引き渡しを命じるべきではないでしょうか」と問いかけている。
これについて、欄外には、下記の法学書からのファトワーが引用され、末尾にムフティーの印章と「然り」との書き付けがなされる。このファトワーは原告にあたるMuhammad Yusufが、ムフティーから引き出したものである。彼自身は当該ファトワーを(恐らく文字が読めないと思われるので)読めるわけではないが、この書き付けをもち、
(彼の所有権の正当性が)法学書にも示されているといって、被告Khuja Muhammad に示したと考えられる。
1.売買の効果によって生じる法律上の効果とは、売買対象についての購入者の所有権の確定である。(Khizanat al-mufti)
2財産ないし権利を遺産として残した場合は、相続人のものとなる。(al-Kafi)
3.カーディーの証書はいかなる場合でも、根拠があれば、シャリーア上の根拠となる(Fusul al-shar’ shati)
4.財産については、二人の言をもってファトワーが出されている。高い蓋然性にもとづいて行うことが義務となる。書状とは蓋然性を示している。(Bahr al-manafi’)
5. アブー・ユースフとムハンマド(シャイバーニー)が次のように述べた。つぎのことを実行せよ。カーディーの印章のもとにあるのであれば、それを実行せよ。(Al-adab al-qadi)
6. 侵奪者はその侵奪をもって占有者となることはない。(Muhit al-Burhani)
7.権利が原告の側に定まったとき、被告は、金銭と物であろうと、占有下にあるものを返却しないといけない。(Faraid sharh al-Kandh)
8.所有権というものは、だれかに定まったとしたとき、彼以外のもとには、権利者の申請がないかぎり、他者にはいかない。(Khidaya sharifa)
9.文書というものは、古い物であれ新しい物であれ、シャリーア上の証書wathiqaとなる。(Muhit Burhani)
10. radd 法定相続分(として分配した分数)の合計が1に達しないときに、(合計を1とするために、相続分の割合を固定したまま分母を変更し)再配分すること。(Faraid : 相続法専門書)
講読後の総合質疑で、主な発言及び質疑は以下の通り。
(木村)台帳は、ロシア帝国統治期に導入され、紙も形式もヨーロッパ式。タシュケントには法廷台帳がかなりの数が保管されている。
(矢島)パーレン(20世紀初頭に中央アジアの法廷システムについて調査を行った)の報告書によれば、台帳はロシアに移送されている。
また、証書の偽造もあるので、実効性は薄いのではないか
(磯貝)訴訟台帳は、古典法学書の典拠がなく、それ自体での法的効力は弱い。あくまでも謄本を発行するためのものではないか。
ファトワー文書では、書き付けのカーディーの印章の正当性が争点なのではないか。
(三浦)訴訟台帳のさいごの署名者は、シリアの法廷台帳の各文書の末尾にある、shuhud al-hal (証人以外の列席者)に相当する。
ファトワー文書の4つの印章のうち、3つは抹消されていると考えていいのか。
複数のムフティーがひとつの文書に署名することはあるのか?
(磯貝) 事例はある。この文書の×印がどの段階で記入されたのかは、不明。
(高松) (ファトワー文書末尾の)印章の名前の読み方。Mudarris muftiは、人名の最後につくのではないか?アラビア語では、上に流れるのはよいが下には流れない。
本セミナーの最後に、2009年度には、IAS東大拠点と連携してウズベキスタンで国際シンポジウムを開催する予定であることが報告された。
文責 三浦 徹(お茶の水女子大学)
(2008年3月25日更新)