東洋文庫拠点共催研究会 於 京都外国語大学(2007/7/21)

東洋文庫拠点・東京外国語大学アジア・アフリカ言語研究所中東イスラーム研究プロジェクト共催

[日時] 2007年7月21日(土) 15:00-17:00
[場所] 京都外国語大学 9号館(国際交流会館) 4階会議室
      http://www.kufs.ac.jp/kufs_new/
[報告] オミード・レザーイー氏 (イラン・ワクフ慈善庁文書専門員)
      「アーガー・サイエド・サーデグ・モジュタヘド・サンゲラジーとシャリーア法廷文書」
      通訳 近藤信彰 (アジア・アフリカ言語文化研究所)
[概要]
 本報告は、ガージャール朝末期テヘランの有力ウラマー、アーガー・サイエド・サーデグ・モジュタヘド・サンゲラジーのシャリーア法廷文書の文書登録システムを明らかにし、さらにこうした文書登録システムから、当時のテヘランのウラマーのあり方をも考察しようとする意欲的なものであった。

 最初に、今回の研究で用いた史料の説明がなされた。報告者は、こうした文書登録システムに関し、年代記には情報が非常に少ないため、文書一枚一枚から登録情報を集積し分析を行ったことを述べた。具体的には、ワクフ慈善庁所蔵のサンゲラジーの印の入った文書16通にある登録情報が今回の考察の対象となっている。
 
 次に登録の具体的な方法についてであるが、文書作成後、サンゲラジーによる認証が行われるが、その際に台帳へ記入された旨の但し書きが記入され、その後、サンゲラジーのシャリーア法廷の登録係たちによって裏書が行われる、という流れで登録が行われた。

 文書作成とサンゲラジーの認証が同時に行われたケースもあれば、認証までに時間がかかったケースがあったことが指摘された。この認証の書き込みがサンゲラジーの法廷台帳への登録を示すものである。サンゲラジーのものと類似した書き込みが他のウラマーの認証の裏書には見られないことから、彼の法的権威としての立場が、彼の宗教的・社会的影響力によるものであるというよりも、文書の偽造等の不正防止のためのこうした彼独自の文書登録システムの発案によるところが大きいとの見解が示された。

 その後、登記係による裏書が行われ、登録が完了となる。ただ、サンゲラジーによる認証から裏書までにどの程度の時間がかかったのかは、大半の文書に裏書の日付が記入されていないため、不明な点が多い、とのことである。裏書に日付がないのは、法廷からの追認を受けるケースが非常に少なかったことを示している。例外的に一件だけ裏書の日付が記入されているものは、サンゲラジーの認証と同じ日付が記入されている。これはもっとも短期間で登録された可能性のある文書である、という意見が提示された。
 
 加えて、サンゲラジー死後における彼の法廷および法廷台帳のゆくえについても言及があった。彼の息子は、立憲革命期のテヘランの指導的なウラマーであったセイエド・モハンマド・タバータバーイーであったが、彼もまた父と同じ登録係、または違った登録係を利用して、父の認証に追認を与えていたことが文書への書き込みから明らかにされた。

 最後にまとめとして、報告者自身が以前に考察を行ったシーラーズのシャリーア法廷文書の登録システムとテヘランのシステムとは異なることを指摘し、今回考察対象にしたサンゲラジーの登記システムは、彼自身の発案によるものであることが繰り返し述べられた。また、テヘランのみならず他州からの請願もサンゲラジーの下に集まっていたことは、サンゲラジーの法廷が第一級のものであった証左であり、立憲主義者たちの大きな社会資本となったことが指摘された。

 レザーイー氏の今回の報告は、発表題目に記されたようなテヘランの有力ウラマーのシャリーア法廷文書の登録システムを精査するにとどまらず、文書の不正を防止する優れた登録システムの発案によって、ウラマーの地域的影響圏が拡大したという新たな見解を示した興味深いものであった。イランのシャリーア法廷文書研究は、まだまだ他地域の研究に比して不十分であると言わざるを得ないが、こうした地道な研究成果の積み重ねによって、さらなる研究の飛躍が期待できる分野であろう。そうした可能性を感じさせる発表であったと言える。

« »