第9回中央アジアの法制度研究会(2011/6/25)

京都外国語大学国際言語平和研究所とイスラーム地域研究東洋文庫拠点は、共催により第9回「中央アジアの法制度研究会」を開催しました。

[日時] 2011年6月25日(土)14:00-20:30
[場所]京都外国語大学国際交流会館4階会議室(No.941)

[プログラム]
12:00-13:30  研究打ち合わせ会議
14:00-14:10 あいさつ(堀川)、参加者自己紹介
14:10-15:40 研究報告1

塩谷哲史(筑波大学大学院人文社会科学研究科準研究員)
「イチャン・カラ博物館蔵3894文書の成立とその背景 ―20世紀初頭ヒヴァ・ハン国における灌漑事業の諸問題―」
コメンテーター:大江泰一郎(静岡大学名誉教授)
伊藤知義(中央大学法務研究科教授)

15:40-16:00 コーヒーブレーク
16:00-17:30 研究報告2

阿拉木斯 アラムス(神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程)
「モンゴル文農地質入契約文書の書式の由来 ―清代帰化城トゥメト旗における農地契約を中心に」
コメンテーター:西澤希久男(関西大学政策創造学部准教授)

17:30-18:00 総合討論
19:00-20:30 研究成果論集の編集打ちあわせ会議(終了後、懇親会)

[概要]
第9回を迎えた本研究会であるが、今回も法学・歴史学双方の分野から19名が参加して開催された。今回は歴史側からの報告2本である。

第一の塩谷報告は、イチャン・カラ博物館(ウズベキスタン)所蔵の文書史料(1913年)を手がかりに、これを1)ロシア人企業、2)ロシアとヒヴァ・ハン国との関係、3)ヒヴァにおける国有地分与という3つの視角から分析した上で、当時ロシア帝国の保護国となっていたヒヴァ・ハン国における灌漑事業、またそれに関連する水利権の問題を考察するものであった。背景を検討するために、当時ヒヴァ・ハン国領内に支店を設けていた露亜銀行にかかわる文書群も利用するなど、豊富な情報を元に詳細な内容が報告された。

ここで取り上げられた文書史料は、国有地の私有地への移転を記したハンの勅令の写しであり、より具体的には、灌漑事業による商品作物栽培を企図していたロシア側が、アムダリア下流域のハン国領内において取得した土地(ラウザーン荘)の権利にかかわる内容を持っていた。考察から得られた結論としては、ロシア人企業はトルキスタンにおける灌漑事業を計画する中で、ヒヴァ領内に可能性を見出していたこと、そもそもヒヴァ・ハン国では国有地分与の伝統があり、ラウザーンではトルクメンとの間に水利をめぐる争いが見られたこと、ロシア帝国の対トルキスタン政策の中に、ヒヴァ・ハン国との関係の変化も位置づけられることであった。

これに対して、伊藤知義氏が、日本における水利権との比較の観点から、土地利用権と水利用権の区別などについて補足した上で、当時のロシア帝国における水利権の扱いについて質問を行った。また大江泰一郎氏は、コメントとして、ロシア共同体の中では、水利権が問題になっていなかったことを述べ、併せて権利にかかわるいくつかの言葉遣いについて整理する必要を促した。参加者からも様々な質問が寄せられたが、議論が集中したのは、そもそも水利権が設定されているのかどうか、ということについてであり、さらにヒヴァ・ハン国が保護国という曖昧な立場に置かれていたことも、ロシア=ヒヴァ間での権利をめぐる交渉を分かりにくくしている可能性が指摘された。

第二のアラムス報告は、対照的に、清朝下の内蒙古における農地契約文書を、フフホト市トゥメト左旗档案館所蔵の公文書を中心に検討するものであった。この場合の農地契約とはモンゴル人地主による質入であり、文書史料から、遊牧社会における農地契約という新しい概念を明らかにすることも視野に入っている。 史料の検討のために、まず研究蓄積のある漢文契約文書の書式から検討を始め、漢文質入契約文書の書式が、漢文絶売契約文書について説明されている内容と同じような構成になっていることを示した。その上で、モンゴル文質入契約文書は、割り印に相当する「半文字」を除けば、漢文のそれとほぼ同様の書式となっていることを示し、農地質入が、漢人農民の流入とともに新しくもたらされた概念であること、また契約文書の存在からモンゴル人に強い農地所有意識があったことを結論として述べた。

これについて、西澤希久男氏は、タイの土地問題・担保研究という立場から、「質入」という言葉の定義について確認を要するとするコメントを行った。また、これらの契約文書が実際の司法の場でどのような意味を持っていたのかについて質問を行った。質疑応答においては、このような契約文書の形式性について議論がなされた。

今回の研究会は、文書史料中にあらわれる権利の譲渡にかんする報告が2本揃ったわけだが、そもそもの権利を当事者がどのように設定していたのかについては、とくに法学の研究者からは鋭い質問が寄せられた。おそらくその問題を解決するためには、より多くの事例を集め分析する作業が必要になると考えられる。これまでの研究成果を報告する点で意義があったことは言うまでもないが、共同研究の新たな課題が見つかったという点でも有意義な研究会となったのではないだろうか。

文責:野田仁(早稲田大学イスラーム地域研究機構)

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