第9回「近代中央ユーラシア比較法制度史研究会」(2017/7/23)報告

第9回「近代中央ユーラシア比較法制度史研究会」を、以下のような次第で実施しました。

【概要】

2017年7月23日(日)、京都外国語大学において近代中央ユーラシア比較法制度史研究会が開催された。同研究会は今回の例会で第9回を迎え、全国各地から17名の参加者が集まった。今回の研究報告は阿部尚史氏(東京大学大学院総合文化研究所・特任助教)によって行われた。

近代イラン史研究の専門家である阿部尚史氏の報告は、「近代イラン社会における婚姻慣行:法制度と実態」と題して行われた。阿部氏の報告の目的は、民法典および法学書における婚姻規定の比較検討を通じた婚姻の制度的側面の分析ならびに婚姻契約文書や警察報告史料の解読による婚姻の実態的側面の分析により、19世紀イラン社会の家族における行為主体としての女性の在り様を、婚姻という法的行為の側面から捉えることに置かれた。

氏は17世紀前半に著された実用的法学手引書『アッバース大全』およびジャアファリー派法学における規範書の19世紀ペルシア語訳注『ペルシア語訳イスラームの諸道』を分析し、19世紀シーア派法学における婚姻および離婚規定を示した。氏によれば、シーア派法学における婚姻成立および離婚に関わる諸規定は、基本的にスンナ派4法学派の学説の範囲に含まれるものであるが、熟慮ある成人女性は自身の法律行為のみによって婚姻契約を締結することが可能である点、また一方的離婚(ṭalāq)において同時になされた3回の離婚宣言を認めない点から、女性に有利な学説が採用されているとの見方を示した。また1930年代に成立したイラン民法典の比較によって、上記2点の法学書と民法典の規定はその概要が類似しているとしながらも、国籍概念の発生や法律用語の変更などの個別的な差異が確認されることを指摘した。

氏は婚姻の実態的側面に対する検討を行う上で、第一に、婚姻における女性の財産移動という側面から、婚姻契約の成立要件のひとつである婚資(mahr)と、婚姻契約の要件ではない嫁資(jihāz/jahīzīye)に焦点を当てた。19世紀末テヘランのシャリーア文書記録簿に記録された42件の婚資契約の内容を精査することにより、婚資の半額以上が婚姻契約締結時に支払われる事例は少なく、夫の遺産分割時に後払い婚資として支払われることが多かったということが明らかにされた。また、嫁資目録の分析を通じて、クルアーンや宝飾品などの諸々の物品が新婦の所有物として厳密に記録されていることが指摘された。第二に、『警察報告』における1879年以降の婚約および結婚式に関する記事を分析し、街区の人々が集う結婚式には、当事者に対する姦通疑惑の払拭という側面があったという可能性を指摘した。

報告後の質疑応答では、民法典における婚姻に関する法律用語の変更の帰結として生じる、当該の法規定の対象範囲の変化に着目する必要があるのではないかという指摘がなされた。

研究会参加者には、歴史学をはじめとし、法学および文化人類学の第一線で活躍する研究者、修士課程の学生、また法曹関係者が含まれており、本研究会は専門分野・世代を超えた学術交流の場として重要な役割を担っているといえよう。報告者の独創的な視点と高度な読解力に裏付けされた史料分析は、参加者に様々な知見を提供し、活発な意見交換が行われることとなり、本報告会は盛況を博した。開催に尽力されている堀川徹先生、磯貝健一先生、磯貝真澄先生に深い謝意を表するとともに、本研究会の今後の継続・発展を強く希望したい。

(文責:三谷眞也・京都大学文学研究科修士課程)

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