国際セミナー「ワクフとイスラーム経済」(2014/2/8)

イスラーム地域研究東洋文庫拠点は、共催により下記の国際セミナーを開催しました。

「ワクフとイスラーム経済」
主催:科学研究費補助金「ワクフ(イスラーム寄進制度)の国際共同比較研究」(代表者:三浦徹)
共催:イスラーム地域研究東洋文庫拠点【日時】:2014年2月8日(土) 14:00-17:00
【場所】:公益財団法人東洋文庫 講演室(2階)
【講演】:
Professor Murat Çizakça (INCEIF,The Global University of Islamic Finance Kuala Lumpur,MALAYSIA)
“Islamic Wealth Management in History and Present”
ディスカッサント:
松原健太郎(東京大学法学研究科准教授、中国法制史)

【報告】
本国際セミナーが開催された2014年2月8日(金)は記録的な大雪となった。しかし、それにも関わらず、会場となった東洋文庫講演室には、このセミナーのために10名を超える研究者や院生が参集し、ラウンド・テーブルを取り囲んでの活発な議論が交わされた。このセミナーは科学研究費補助金「ワクフ(イスラーム寄進制度)の国際共同研究比較」(研究代表者三浦徹)とNIHUイスラーム地域研究東洋文庫拠点の共催によるものであった。この研究はイスラームにおける寄進制度であるワクフと他地域の寄進制度との比較を通じて、寄進の持つ普遍性を照射し、寄進を人間社会における共通問題として捉え直すことを目標としている。研究代表者である三浦徹氏は、このような問題意識に基づき、CNRS国際共同研究「ワクフ」と連携し各国の研究者との共同研究を進めており、今回の国際セミナー開催の運びとなった。プログラムは、イスラーム金融やイスラーム経済の専門家であるチザクチャ氏による講演の後、ディスカッサントである松原健太郎氏が中国法制史の見地から比較材料を提示し、それを元に全体討論を行うという流れであり、「国際共同研究比較」の目的にかなう構成であったと言える。

チザクチャ氏の講演「歴史と現在におけるイスラームの富のマネジメント」は、7世紀におけるイスラームの始まりから現在までを対象とし、イスラーム世界における富のマネジメントを支える諸制度の展開について論じたものであった。その概要は以下の通りである:

富のマネジメントは資本の蓄積と分配に分類される。まず、富の蓄積については、古典期のイスラーム経済システムは商業に基づく資本主義的なものであり、自由な市場競争を保障した市場監督制度、利益と損失を共有するムダーラバ(協業)、富の再分配、地中海世界とインド洋世界を経済的に結びつけたマッカ巡礼によって支えられていた。一方、資本の再分配については税制とワクフがその機能を果たした。税制については、ザカート、ハラージュ、ジズヤの他、防衛のために課される付加税が挙げられるが、これらの税は基本的には軍事に使われた。教育や医療といった公共の福祉を提供したのはワクフであり、これはイスラーム世界において人的資本を蓄積するための最も重要な制度であった。しかし、11–13世紀に十字軍やモンゴルの襲撃を受け、イスラームの資本主義は衰退してしまった。この時期に、防衛のために強大かつ中央集権的な国家が必要とされたことに加え、軍事費捻出のための重税、専売によって、経済が「社会(主義)化」した(socialize, quasi-socialist)のであった。他方、同時期の西洋では、資本主義が発展し、産業革命に結びついたのであった。第二次世界大戦後の各国の独立後、西洋列強に押し付けられた経済を見直し、イスラームに適った経済システムを模索する動きが出てきた。1963年アフマド・アンナッガール(エジプト)による最初のイスラーム銀行の創設を皮切りに、多くのイスラーム銀行が創設された。しかし、後発のイスラーム銀行は、既存の機構をそのままにイスラームの装いをもたせているだけのものである(sharia compliant mode)。真のイスラーム制度の近代化のためには、シャリーアに基づくアプローチ(sharia based approach)が必要である。ワクフ制度についても同様に近代化への挑戦がなされている。現在イスラーム世界は、イスラームの原則に適合し、かつ現代の世界の要求に応える経済モデルを模索しているのである。

以上がチザクチャ氏の講演内容である。この後、松原氏は清朝における寄進の一形態として祠堂(ancestral Tang)を取りあげた。祠堂とは、父系祖先の位牌を祭る施設である。祠堂をめぐる寄進の構造は、宗族(共同祖先から分派した父系出自の親族)内の有志がこの施設に土地を寄進することによって土地からの利益を祠堂の建設費や維持費に充てる一方、余剰分は祠堂に祭られた先祖の子孫(族人)のための共有財となるというものである。このように、中国における寄進の特徴は、寄進者も受益者もまた宗族内部の人間に限定された点にある。

以上の比較を踏まえて報告者の所感を述べて本報告の結びとしたい。ワクフは大きく病院やマドラサ、モスクなどのために寄進する「慈善ワクフ」と、子孫のために寄進する「家族ワクフ」に分類されるが、中国の祠堂は後者に近いものである。しかし、そもそも設定の段階で、祠堂は先祖に寄進するのに対し、ワクフは子孫に寄進するという大きな違いがある。また、受益者が宗族内の人間に限られる祠堂に対し、ワクフは受益者となる家族の範囲は厳密に限定されない。なぜこのような違いが生じるかについては、各地域の社会における社会秩序や身分のあり方と密接に関わる問題であると思われる。今後このような点も比較の尺度に入れていくことで、より議論が発展していくのではないかと感じた。今後の本共同研究の展開に期待したい。

(文責:熊倉和歌子)

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