第10回中央アジアの法制度研究会(2011/12/3~4)

イスラーム地域研究東洋文庫拠点は、下記の要領で、京都外国語大学国際言語平和研究所との共催により第10回の研究会を開催しました。

[日時]2011年12月3日(土)13:00-17:30(終了後、懇親会)
12月4日(日) 9:30-12:00
[場所]静岡大学人文学部B棟4階401研究室(3日)
静岡大学人文学部E棟1階E101教室(4日)

[プログラム]
12月3日(土)
13:00-13:15 あいさつ(堀川)、参加者自己紹介
13:15-14:45 伊藤知義(中央大学〔ロシア民法〕)
「旧ソ連における民事裁判」
14:45-15:15 討論
15:15-15:30 休憩
15:30-17:00 桑原尚子(高知短期大学〔民法・アジア法〕)
「シャリーア裁判所における民事訴訟法の整備:マレーシアを事例として」
17:00-17:30 討論
19:00-     懇親会

12月4日(日)
9:30-11:00 矢島洋一(京都外国語大学〔中央アジア史〕)
「ロシア統治期サマルカンドの上訴審」
11:00-12:00 討論(全体討論を含む)
コメンテーター 磯貝健一(追手門学院大学〔イスラーム法〕)

[概要]

第10回中央アジアの法制度研究会は、第1日(12月3日)静岡大学人文学部4階401研究室、第2日(12月4日)同人文学部E棟1階E101教室で開催された。今回は、中央アジア、日本、中国、東南アジア、ロシア、南欧の法学、歴史学の専門家14名が参加した。

報告は、地域としては中央アジア、ロシア、東南アジアを対象とし、時代は19世紀以降現代にいたる裁判制度に関するものであった。

伊藤知義氏の「旧ソ連における民事裁判―当事者主義と職権主義」は、弁論主義、処分権主義(当事者主義を含む)が強い現代日本の民事裁判のあり方と対置して、旧ソ連の裁判の職権主義的性格(裁判所が積極的に職権で必要な事実を取り上げて審理の対象とし、その事実の存否を認定するため職権で証拠調べを行う主義)を、具体例をもとに論じる報告であった。とりわけ、弁証論的唯物論を基礎とし、蓋然性では不十分で客観的真実に合致した結論を求める裁判のあり方が説明された。質疑では、当事者主義か職権主義かという二分法で日本、旧ソ連の裁判の性格を比較した報告内容を踏まえつつ、中央アジアにおける歴史的なイスラーム法にもとづく裁判制度においては、民事、刑事に関わらず当事者主義的性格が強いのではないか、とする問題提起がなされた。そして旧ソ連の裁判所の行政機関的性格、現代中国における当事者主義の建前と職権主義的な実態、中世イタリアにおける当事者主義的な裁判の内容と性格が紹介された。

桑原尚子氏の「シャリーア裁判所における民事訴訟法の整備―マレーシアを事例として」は、大英帝国による植民地化以降の法制度の変遷を概観したのちに、独立後から現在に至るマレーシアにおけるシャリーア(イスラーム法)裁判所の民事裁判の流れと諸概念を明らかにした報告であった。マレーシアにおいて、シャリーア裁判所は各州に設置されているが、イスラーム法の適用領域は家族法、宗教上の犯罪(軽微なもの)、ザカートなどに限られている。さらにシャリーアに反しない範囲で、コモンロー上の諸概念が取り入れられていることが示された。質疑では、おもに中東、中央アジアのイスラーム法上の概念と現代マレーシアにおいて用いられているタームとそれに付随する概念との共通・相違点について意見が交わされた。

矢島洋一氏の「ロシア統治期サマルカンドの上訴審」は、20世紀初頭ロシア統治下のサマルカンドで行われた、カーディー法廷からロシア植民地当局が管轄する管区法廷への上訴の事例を、ウズベキスタン中央国立文書館に所蔵される法廷台帳の検討をもとに、世界的に見てもほぼ初めて紹介したものである。従来、19世紀中葉以降の帝政ロシアの軍事征服ののち、その統治下に入ったトルキスタンにおいて、司法面ではロシア法にもとづく管区法廷が設置されたが、イスラーム法(シャリーア)にもとづく「伝統的」なカーディー法廷は、「民衆法廷」の名のもと存続し、カーディーは「民衆判事」の名で呼ばれていた。しかしカーディー法廷と管区法廷との具体的な関係はこれまで明らかにされてこなかったのである。

報告後、磯貝健一氏のイスラーム法にもとづく裁判の流れ、地域的特性の総括および報告者へのコメントが行われたのちに、全体討論が行われた。今回の研究会における主要な論点は、当事者主義と職権主義という二つの観点から見た裁判の地域比較(理念と実態の検討も含む)、そして植民地統治によって導入された裁判制度と現地社会の「伝統」的裁判制度(とりわけイスラーム法にもとづく裁判制度)との混交の諸相にあったといえよう。第8回の中央アジアの法制度研究会の報告において触れている裁判の地域的特性に関する議論が、今後これらの観点を踏まえつつ、さらに進展していくことが期待されよう。

文責:塩谷哲史

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