大英図書館における資料調査

[期間]
2008年9月20日(土)~9月27日(土)
[国名]
イギリス
[出張者]
柳谷あゆみ(人間文化研究機構 / 東洋文庫)
[概要]
今回出張では、大英図書館所蔵の写本資料調査及び同図書館でのヘブライ語・オスマントルコ語資料整理におけるローマ字翻字法の調査を行った。

大英図書館では、近年閲覧室利用者登録に①本人証明資料②居住証明資料(いずれも英文)の2点の提出が義務付けられており、登録手続き前に閲覧希望資料の説明を求められる。
①本人証明はパスポート提示で事足りるが、②居住証明は「公式に英訳された」水道料金徴収票等の提出を求められるので、この書類の不備を指摘され、登録に時間を要するケースがある。問題は英国で通用する「当人の住所が正式に記載され公式に英訳された資料」の取得が難しい点にある。
今回は住民票を英訳し証書を付したものを用意し、予めメールにて確認を取り、そのプリントアウトを持参したうえで利用登録に臨んだが、多少の混乱は避けられなかった(英国では住民票=居住証明という考えに馴染みがないとの由)。通常、英訳の信頼性に疑問がある場合は、同館勤務の日本語を解するキュレーターが内容の確認をして利用登録が行われるが、キュレーター本来の業務に支障をきたす恐れがあるほか、場合によっては確認に数日を要することもある。
写本資料閲覧については渡英前に出納予約を行ったのでスムースに作業を進めることが出来た。出納予約は4営業日前までに行うことが推奨されている。

翻字法については、同館のヘブライ語担当キュレーターIlana Tahan氏とトルコ語及びペルシア語担当キュレーターMuhammad Isa Waley氏より同館での採用規則等を伺った。

ヘブライ語及びイディッシュ語の翻字では、ALA-LC Romanization tables(米国議会図書館翻字表)が採用されており、この規則で十分対応できているとの回答を得た。翻字において困難が予想される点については、敢えて言えば、イディッシュ語が使用地域によって語彙と発音の差異が大きいことが挙げられたが、リトアニア系イディッシュ語を基本として扱うことである程度対処可能との見解を得た。また、イディッシュ語はヘブライ語と異なり、母音を文字で表記するため、翻字自体はヘブライ語よりも容易との由で、翻字に際しての参考もALA-LC Romanization tables記載の資料が最も基本的な資料となる。

オスマントルコ語の翻字は、ALA-LC Romanization tablesでは、オスマントルコ語の単語を現代トルコ語の語彙に置き換える、いわば「翻語」を中心としており、それに発音の揺れを統一するルールが付加されている(翻字は、この方法で対応できなかった場合の手段となる)。ただし、同規則には運用の典拠となる資料が複数記載されており優先順位が明示されていないなど、曖昧な部分も残っている。
Waley氏は、同規則はオスマントルコ語の特性に適応していないとの考えから、採用していない。氏が独自に考案している翻字法を一部紹介していただいたが、発音と原綴双方の再現性を重視しており、この点ではALA-LC Romanization tablesより優れているという印象を持った。難を挙げれば、Waley氏の翻字法は現時点では氏の個人ルールにとどまっており、まだ規則として整理・明文化を要することである。Waley氏はこの翻字法の整理・明文化を試みる旨言ってくださったが、元からこれをワールドスタンダードとして確立する考えは無かったようで、そもそもアラビア文字言語の書誌データベースを作成する際には原綴を使用するのが一番ではないかとの意見であった。

NACSIS-CAT(国立情報学研究所書誌ユーティリティ)では、アラビア文字資料の取り扱いにおいて、その他のヨミとしてALA-LC 翻字形を採用しているが、これまでに見出した疑問点及び今回の取材内容を考慮すれば、少なくともオスマントルコ語についてはこの規則の採用には再考の余地があり、採用するとしても補則の設定が不可欠ではないかと考える。
今回出張においては同図書館の日本部長Hamish Todd氏とも知遇を得た。多忙の中、貴重な時間を割いてくださった方々に感謝を申し上げたい。

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