第1回「オスマン帝国史料の総合的研究」研究会(2008/6/14)

第1回研究会
[日時]  2008年6月14日(土) 13:00~15:30
[会場] 東洋文庫3階講演室

b>[報告]「『覚書 (Tezakir)』の史料的価値」
[報告者]秋葉淳氏
[概要]

「オスマン帝国史料の総合的研究」研究班の最初の研究会が開催された。本研究班は、これまで日本語に翻訳されることの少なかったオスマン帝国史史料を本格的に翻訳することを目的としている。翻訳の候補として選ばれたのは、アフメト・ジェヴデト・パシャの『覚書』である。

 第一回研究会では、近代オスマン帝国史を専門とする若手研究者を中心にした11名の参加のもとに、翻訳作業の準備段階として、ジェヴデト・パシャ及び『覚書』に関して秋葉淳氏(千葉大学准教授)が報告を行った。
 最初に、今回翻訳が予定されている『覚書』の著者であるジェヴデト・パシャの経歴が報告された。ロフチャの名士の家に生まれ、イスタンブルでマドラサ教育を受けたジェヴデトは、タンズィマート改革期のオスマン帝国において、改革の中心、及びそれに近い位置でキャリアを進めたこと、その一方で修史官職に就くこともあれば、ボスニアやコザンといった地方に派遣され、地方情勢を詳しく見聞きする機会を持ったことなど、『覚書』の史料的性格を知る上で重要な情報が提供された。
 次に、『覚書』の成立事情と概要が報告された。『覚書』が、ジェヴデトの次に修史官となるアフメト・ルトフィー・エフェンディに、ジェヴデト自身の見聞を伝えるために書き留められたものであること、『覚書』をもとに、アブデュルハミト二世に献呈することを目的として『上奏』という作品が後に書かれたことが共有された。その後、『覚書』の概要が示され、中央官界の情報やクリミア戦争期の外交関係、著者自身がボスニア、コザンに派遣された際の見聞、著者の自伝的情報など、多様な情報を含むことが述べられた。

 最後に、『覚書』の史料的価値と翻訳の意義が示され、今後翻訳作業をどのように進めていくのかに関して参加者の間で議論が交わされた。文書史料を用いた研究が主流である現在のタンズィマート期研究において、文書に現れにくい政治史に関する情報を持ち、教育改革や法制改革、外交、著者自身が見聞した地方の状況など、多様な情報を含む『覚書』の史料的価値に関しては、参加者の間で比較的容易に合意が得られたが、『覚書』のどの部分を翻訳するのかに関しては活発な議論が行われることとなった。
 ラテン文字転写版で四巻、850ページを超える分量を持つ『覚書』全てを一度に翻訳することは非常に困難であるという観点から、「抄訳」を行うことが提案されたが、抄訳を行うことで史料的価値を損なうことになるという意見が参加者の主流を占めた。最終的に、後に今回の翻訳計画を受け継ぐ動きが出現することを妨げないためにも、今回の翻訳作業としては、まず第一巻全体をまとめて翻訳することが決定され、翻訳個所が分担された。

文責 上野雅由樹(東京大学総合文化研究科博士課程/日本学術振興会特別研究員)

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