東洋文庫拠点共催研究会「ワクフの比較研究」(2008/1/13)

[主催] 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究プロジェクト「ペルシア語文化圏の歴史と社会」
[共催] NIHU研究プログラム・イスラーム地域研究東洋文庫拠点
[日時] 2008年1月13日(日) 14:00-18:00
[場所] 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所大会議室(303号室)  会場アクセス

[報告]
杉山隆一氏(慶應義塾大学大学院)
「サファヴィー朝期後期におけるイマーム・レザー廟のワクフ」
五十嵐大介氏(日本学術振興会特別研究員)
「マムルーク朝期エジプトのワクフ文書」

[概要]
本究会は「ワクフの比較研究」と題し、イランとエジプトのワクフに関する二報告がなされた。
第一報告は杉山隆一氏(慶應義塾大学文学研究科)による16世紀後半-18世紀前半におけるシーア派聖地・聖者廟としてのレザー廟へのワクフに関するものであった。

まず、聖者・聖者廟に関するワクフの分析により「地域的文化圏」の確立の分析が可能になるとの問題意識が示され、つぎに、レザー廟に対するワクフと王朝の関係をモタワッリー(ワクフ管財人)と王朝の関係から分析し、王朝がモタワッリー任命によりワクフ管理を統制していたと指摘する。
さらに、レザー廟へのワクフ寄進の分析がなされ、具体的な数字をあげての統計が示された。

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結論として、支配エリートを主体とした聖廟へのワクフ寄進の実態の分析と廟の地域的な影響圏/地域住民・参詣者に対するサービスの王権による取り込みを指摘し、聖廟がシーア派的な慈善の場としての意味合いを備えており、またそれによりシーア派の参詣場所としての整備もなされていたとの見解がなされた。

氏の報告は、聖者廟という広い地域に存在する対象を分析の主眼においている点で、広い時代・他地域との比較の対象となりうるものであり、またワクフ文書から当時のレザー廟に関わるワクフの王朝と管財人の関係や具体的な職掌、当時の廟にまつわる様相などを明らかにし、かつ地域的な繋がりを読み解こうとする意欲的なものであった。

第二報告は五十嵐大介氏(日本学術振興会)によるマムルーク朝期(西暦13-16世紀)エジプトのワクフ文書の様式の概観を目的とするものであった。
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まず、史料として用いたワクフ文書に関して、
Ⅰ.本文:序文、ワクフ物件、ワクフ対象、条件、結び
Ⅱ.イシュハード:裏面
という構成が提示され、以降それぞれ個別の項目に対するアラビア語原文を含む詳細な解説と分析がなされた。
ワクフ設定の在り方には、その当時の政治的経済的社会的状況が深く関わっており、それが反映されてたことを示し、特に、ワーキフとしてのみならず管財人やワクフ財の賃借人として大きな割合を占めた軍人層とワクフとの関わりは重要であり、ワクフ制度の様々な面で影響を与えていたと結論づけた。

氏の報告は、ワクフ文書の事例と同時代の年代記を用いて具体的にその裏づけを提示した点が、ワクフ文書の規定と実態という側面に踏み込むものであった。特にアラビア語原文を含むマムルーク朝期のワクフ文書の構成の詳細な説明は、他時代・地域のワクフへの有益な視座を提供するものである。

二報告の後の質疑応答の時間ではそれぞれ活発な議論がなされ、イラン・エジプトのワクフの特徴に対する個別的・基本的な質問から専門的なもの、またワクフの規定と実態をどのように示していくべきかといった議論がなされた。
両氏の発表は、共に実際に現地で収集されたワクフ文書史料に基づく詳細な研究であり、またそれぞれ他時代・地域にも広く存在する対象を扱っている点で興味深い比較の視座を提供するものであり、これからの議論の出発点となるものであった。

ただ、今回の研究会ではイラン・エジプトという地域の違いや時代の差といった具体的な議論にまで踏み込むことができたかというと疑問が残る。ワクフというテーマは中東社会において多時代・地域に存在し、それぞれ共通点と個別性を持つ重要なテーマである。これをどのように比較・検討をしていくか、そのためにどのような文脈を意識すべきかが今後の課題であるように思われる。

文責 波戸愛美(東京大学大学院総合文化研究科)

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