東洋文庫拠点共催 「オスマン帝国史の諸問題」研究会 (2010/11/13)
NIHUプログラム「イスラーム地域研究」東洋文庫拠点と東京大学東洋文化研究所(東文研セミナー・班研究「オスマン帝国史の諸問題」)は共同で下記の通り研究会「オスマン帝国史の諸問題」を開催しました。
[主催] NIHU研究プログラム・イスラーム地域研究東洋文庫拠点 東京大学東洋文化研究所(東文研セミナー・班研究「オスマン帝国史の諸問題」)
[日時]11月13日(土)14:00~
[場所]東京大学東洋文化研究所・3階大会議室 >>会場アクセス
[概要]
NIHUイスラーム地域研究東洋文庫拠点と東京大学東洋文化研究所との共催による本研究会では,オスマン帝国近代史を専門とする秋葉淳氏(千葉大学/東洋文庫)と,同じくオスマン帝国の史学史を専門とする小笠原弘幸氏(政治経済研究所)とが研究報告をおこなった。開催日が他の学会や研究会と重なってしまったにもかかわらず,当日は両氏を含めて12名の参加者を得ることができた。
司会の鈴木董氏(東京大学)からの趣旨説明に続いて始まった「タンズィマート初期改革の修正:郡行政をめぐる政策決定過程(1841-42年)」と題する秋葉報告は,1839年に始まったオスマン帝国の国家機構の再編成(タンズィマート)のなかで,改革の実質をなす地方の行財政制度の再編に注目し,郡行政をめぐる政策決定過程を中心として,改革初期の軌道修正のプロセスを検討したものである。とくに,1840年に創設された徴税官制度における徴税官と中央政府とのやりとりを事例として,中央政府が各地の地方官に意見を求めながら改革の軌道修正をおこなっていく様子を,行政文書史料を用いて具体的に明らかにした点は,秋葉報告の最も独創的かつ有意義な点であろう。
氏は結論として,中央政府からの諮問に対する地方官の答申は,結果として中央政府の当初の方針を大幅に変更することはなかったものの,タンズィマート改革の早い段階で政策決定のプロセスに地方官からの意見聴取という手続きがとられたことに重要な意義が見いだせる,とした。
「トルコ共和国公定歴史学における高校用教科書『歴史』(1931年刊)の位置づけ」と題する小笠原報告は,1930年代に入って急速に構築が進められたトルコ共和国の「公定歴史学」の研究の一環として,これまで注目されることの少なかった高校用教科書『歴史』の記述内容や編纂の背景を検討したものである。
前身たるオスマン帝国の歴史やイスラームを否定することに国家存立のイデオロギー的基盤を見いだしていたと説明されることの多い共和国初期にあって,『歴史』の記述内容はイスラームに敵対的なわけでも,またオスマン帝国史全般に対する否定的な態度に彩られていたわけでもなかったとの分析結果は,氏がこれまで進めてきた近代オスマン帝国における歴史叙述との連続性や,これも氏が現在進めつつある新史料を用いた「公定歴史学」の分析とあわせて,「公定歴史学」の成り立ちを解明する実証的研究の進展に大いに貢献するものと思われる。
両氏の報告のあと,休憩をはさんで,オスマン帝国近代史を専門とする佐々木紳(東京大学)と藤波伸嘉氏(日本学術振興会)とがコメントを述べた。秋葉報告に関して,佐々木は中央と地方の板挟みとなった地方官たちの戦略に,また藤波氏は国家に対する社会の強さや政策上の優先順位に言及した。小笠原報告に関して,佐々木からは教科書の記述とそれ以外の歴史叙述とのかかわりについて,藤波氏からは『歴史』の読者たる当時の高校生の社会的位置づけについて,言及があった。
コメントに続いて,フロアも交えた総合討論がおこなわれた。参加者の大半はオスマン帝国史を専門とする研究者であったこともあり,討論は極めて学術的かつ建設的なものとなった。数例を挙げれば,秋葉報告について,行政文書の形式面に注意する必要性や徴税官のキャリアに関する貴重な指摘があり,小笠原報告については,教師や生徒など「現場」の反応や1920年代の教科書との比較に関する質疑応答がおこなわれた。なお,今回の報告内容に基づく両氏の論文も収載されたオスマン史研究の論集が近々刊行されるとのことである。本研究会での成果も加味された有意義なものとなることを期待したい。
司会 鈴木董(東京大学)
14:00-15:20 研究報告
報告1 秋葉淳(千葉大学)「タンズィマート初期改革の修正:郡行政をめぐる政策決定過程(1841-42年)
報告2 小笠原弘幸(財団法人政治経済研究所)「トルコ共和国公定歴史学における高校用教科書『歴史』(1931年刊)の位置づけ」
15:20-15:35 休憩
15:35-16:00 コメント
コメント1 佐々木紳(東京大学)
コメント2 藤波伸嘉(日本学術振興会)
16:00-16:50 総合討論
文責 佐々木紳(東京大学大学院人文社会系研究科イスラーム地域研究)
(2010年11月25日更新)