第21回中央アジア古文書研究セミナー(2023/3/25~26)報告

第21回「中央アジア古文書研究セミナー」を、下記の要領で開催いたしました。

日時: 2023年3月25・26日(土・日) 13:30~17:30(両日とも)
場所: 京都大学文学研究科附属文化遺産学・人文知連携センター羽田記念館
(京都市北区大宮南田尻町13) オンライン(Zoomミーティング)

 

【プログラム】
25日(土) 司会: 矢島洋一(奈良女子大学研究院人文科学系)
13:30~13:50 参加者自己紹介
13:50~15:20 磯貝真澄(千葉大学大学院人文科学研究院)
19世紀末ヴォルガ・ウラル地域の教区簿:婚姻・離婚の記録
15:30~17:00 塩野崎信也(龍谷大学文学部)
19世紀後半の南東コーカサスにおけるシャリーア法廷文書
17:00~17:30 質疑応答

26日(日) 司会: 磯貝真澄
13:30~15:00 矢島洋一
19世紀前半ブハラの訴状と権利放棄文書
15:15~16:45 磯貝健一(京都大学大学院文学研究科)
帝政期中央アジアのシャリーア法廷判決台帳
16:45~17:30 質疑応答・総合討論
※18:00~ 懇談会(Zoomミーティング利用)

【報告】

2023年3月25日~26日、第21回中央アジア古文書研究セミナーが開催された。本セミナーは、科研費(基盤研究(B))「ロシア帝国領中央ユーラシアにおける家族と家産継承」(代表:磯貝健一)の助成によるものである。京都大学文学研究科附属文化遺産学・人文知連携センター(羽田記念館)での対面開催と、オンライン(Zoomミーティング)開催を組み合わせたハイブリッド形式で行われた。参加者は25名(対面参加者15名、オンライン参加者10名)と、例年同様の盛況ぶりであった。

セミナーでは、参加者全員の自己紹介の後に、磯貝真澄氏(千葉大学大学院人文科学研究院)、塩野崎信也氏(龍谷大学文学部)のセッションが1日目に、矢島洋一氏(奈良女子大学研究院人文科学系)、磯貝健一氏(京都大学大学院文学研究科)のセッションが2日目に開催された。矢島氏担当セッションを除く3つのセッションでは、原文書ではなく翻刻を使用した点、加えて、家族制度に関するテキストが多かった点が、今回の特徴であった。

磯貝真澄氏は、19世紀末のヴォルガ・ウラル地域で作成された教区簿を取り上げた。はじめに、帝政ロシアが採用した宗教制度について解説がなされ、宗務行政がロシア統治制度の一角を占めていた旨が説明された。その後に、教区簿のうち婚姻に関する箇所の講読(古タタール語)が進められた。この箇所には、婚姻当事者名、彼らの家族、婚資の内訳といった婚姻記録が詳細に記入されていた。さらに、ある種の結婚税の存在も指摘された。

塩野崎信也氏は、19世紀後半の南東コーカサスで作成されたシャリーア法廷文書を取り上げた。婚姻関係の有効性をめぐって夫婦間で発生した紛争に関する一連の文書のうち、①夫との婚姻契約の無効性を述べ、別の男性との婚姻関係を主張する妻(原告)の請願書、②妻の訴えを否認し、別の男性の不正を主張する夫の請願書、③宗務管理局から県メジュリスへの指示書という3点の文書(ペルシア語、古アゼルバイジャン語)を講読した。

矢島洋一氏は、19世紀前半ブハラの訴状と、その裏面に記された権利放棄文書(ペルシア語)を取り上げた。表面の訴状は、債権者たる原告が、債務返済を主張する被告を訴えるものである。裏面の権利放棄文書は、双方が和解したために、表面で主張した債権を放棄し、訴えを取り下げるという内容のものであった。

磯貝健一氏は、ロシア帝政期中央アジアのシャリーア法廷判決台帳から2点を取り上げた。どちらのテキストでもチャガタイ語が使用されている。1点目は合法売買契約に関するものである。自身の家屋を事実上の担保として金銭を借りた被告と、元金(家屋購入代金)及び賃料の返還を求める原告との紛争に関する判決文であった。2点目は、遺産相続に関するもので、相続人が次々と死亡していった親族の中で起こった財産分与に関する紛争の判決文であった。

総合討論では、一審制であるシャリーア法廷と、審級のある帝政ロシア司法制度が融合した近代中央アジアの裁判プロセスについて関心が集まった。加えて、裁判における和解や仲裁といった紛争解決手段にも関心が向けられ、裁判当事者が抱えた心持ちについて意見が交わされた。さらに、オスマン朝の裁判制度との比較も行われ、活発な議論が展開された。

今年で21年目を迎えた古文書研究セミナーは、ペルシア語やテュルク系諸語の古文書読解のノウハウを集中的に訓練する貴重な機会であると同時に、中央アジアの諸制度に関する専門知識を学ぶことのできる機会でもある。さらに、参加者の顔ぶれが示すように、本セミナーは時代、地域、ディシプリンの垣根を超えた様々な人々が交流する機会でもある。こうした素晴らしい機会を提供するために尽力された磯貝真澄氏、塩野崎信也氏、矢島洋一氏、磯貝健一氏に改めて感謝申し上げたい。

(文責:笹原健、京都大学大学院文学研究科)

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