第18回中央アジア古文書研究セミナー(2020/3/7~8)報告
ウズベキスタン 中央アジア・コーカサス 中央アジア古文書研究セミナー
第18回「中央アジア古文書研究セミナー」を、下記の要領で開催いたしました。
場所: 京都大学文学研究科附属文化遺産学・人文知連携センター 羽田記念館【プログラム】 司会:磯貝健一(京都大学大学院文学研究科)
3月7日(土)
13:30~13:45 参加者自己紹介
13:45~15:45 塩谷哲史(筑波大学人文社会系)
「20世紀初頭ヒヴァ・ハン国の土地売買文書とその周辺」
16:00~17:00 杉山雅樹(京都外国語大学国際言語平和研究所)
「サマルカンドの遺産関連のファトワー文書」(1)
17:00~17:30 質疑応答
※18:00~ 懇談会
3月8日(日)
11:00~12:00 杉山雅樹
「サマルカンドの遺産関連のファトワー文書」(2)
12:00~13:15 昼食
13:15~14:45 矢島洋一(奈良女子大学人文科学系)
「ヒヴァのテュルク語ファトワー文書」
14:45~16:00 質疑応答・総合討論
【報告】
2020年3月7日~8日、第18回中央アジア古文書研究セミナーが京都大学文学研究科付属文化遺産学・人文知連携センター(羽田記念館)において開催された。本セミナーは、科研費(基盤研究(B))「近代中央アジアのムスリム家族とイスラーム法の社会史的研究」(代表:磯貝健一)の助成によるものである。
新型コロナウイルス感染症の影響が拡大するなかでの開催となり、体調等を考慮して参加を断念した方々もいたが、総計21名の参加者を得ることができた。とくに、院生・学部生の参加者が昨年よりも増えたことは喜ばしいことである。磯貝健一氏(京都大学)による司会進行の下、参加者の自己紹介があり、その後、塩谷哲史氏(筑波大学)、杉山雅樹氏(京都外国語大学)、矢島洋一氏(奈良女子大学)による古文書の講読が行われた。
塩谷哲史氏の講読「20世紀初頭ヒヴァ・ハン国の土地売買文書とその周辺」は、イチャン・カラ博物館所蔵の合法売買文書(テュルク語)、ウズベキスタン中央
国立文書館所蔵の勅令(テュルク語)と売買文書(ペルシア語)の計3点を取り上げた。最初にヒヴァ・ハン国およびヒヴァ・ハン文書の概説があり、続けて講読が行われた。とくに、後二者はじつは同一の土地を扱うものであり、まず勅令によりハンが国有地を自分の高官の私有地とし、その高官は私有地をハンに売却する、すなわち、二重の手続きによりハンが国有地を自分の私有地にするというやり方の興味深い実例であった。こうした手続きは実際の金銭の授受を伴わない法的虚構と評価されてきたが、近年それでは説明のつかない勅書の存在が指摘されている。そのような例としてイチャン・カラ博物館所蔵の勅令がもう一つ参考として提示されたが、これについては残念ながらじゅうぶんな議論はできなかった。質疑として、私有地とは本当に免税であったのか、国有地を私有地にしてさらにワクフ地に転用した可能性はないのかなどが出された。今後の研究の進展を注視したい。
杉山雅樹氏の講読「サマルカンドの遺産関連のファトワー文書」は、サマルカンド州立博物館所蔵のファトワー文書2通(ペルシア語)を取り上げた。講読に際して、イスラーム法の相続規定とハナフィー派における分割の分類に関する丁寧な解説がなされ、大変参考になった。ファトワー文書2通はいずれも遺産相続に関連するもので、購読を通じて遺産相続に関する具体的な実例が示された。文書にあるムフティーの印章についても、その上下左右の文言にいたるまで読み解かれた。質疑は法的解釈やファトワー文書が明確に語らない登場人物たちの続柄などにお
よび、活発な議論がなされた。まさにこうしたファトワー文書の事例研究の積み重ねにより近代中央アジアの家族史が切り拓かれていることに大いに感銘を受けた。
最後の矢島洋一氏の講読「ヒヴァのテュルク語ファトワー文書」は、イチャン・カラ博物館所蔵のテュルク語ファトワー文書2通を取り上げた。中央アジアの法廷文書は19世紀後半にペルシア語からテュルク語に切り替えられており、講読を通じて、ペルシア語ファトワー文書の形式がかなり忠実にテュルク語に置き換えられていることが示された。例として、ペルシア語の~rā~rasīdanという構文がテュルク語では~gha/gä/qa/kä~yetishmek になることなどが補足され、大変参考になった。また、ペルシア語では本文の問いかけに対する回答が最後に書かれるが、原則として問いかけ通りの回答になるため、テュルク語ではほぼ省略されることも興味深かった。あわせて、ムフティーの印章の解読も行われた。
最後の質疑応答・全体討論では、婚姻形態やファトワー形式の時代性・地域性、ムフティーの印章の多寡が意味するところ、カーディーとムフティーの実態や両者の関係性、ファトワーの根本的性質などが議論され、予定時間を超過する白熱ぶりであった。
参加報告者の本セミナーへの参加はじつに久しぶりであったが、改めて本セミナーのもつ貴重な価値を認識した。本セミナーは、さまざまな分野の研究者、院生・学部生が一堂に会して共通の文書の読解に挑む稀有な場である。読
解能力の鍛錬の場であると同時に、さまざまな学識に触れることのできる場でもある。今後も多くの参加者が集い、このような稀有な場が継続されることを切に願っている。
最後に、この実り豊かなセミナーの実施に尽力なされ続けている磯貝健一氏、事務担当として様々な調整を行われた磯貝真澄氏、講読を担当された塩谷哲史氏、杉山雅樹氏、矢島洋一氏に深く御礼申し上げたい。
(文責:長峰博之、小山工業高等専門学校)
(2020年3月12日更新)