東洋文庫拠点研究会 於 東洋文庫 (2007/12/22)
[日時] 2007年12月22日(土) 15:00-17:00
[場所] 財団法人東洋文庫3階講演室 >>地図
[報告] ハナン・ホルースィー氏 (ニューヨーク大学大学院博士課程・テンプル大学非常勤講師)
「20世紀初頭エジプトのシャリーア法廷台帳に見る結婚・ジェンダー・ナショナリズム」
Using the Post-Reform Islamic Court Records to Study Marriage, Gender, and Nationalism in Early Twentieth-Century Egypt.
[概要]
本研究会において、報告者のハナン・ホルースィー氏(ニューヨーク大学大学院・テンプル大学非常勤講師)は、20世紀初頭のエジプトにおける結婚とジェンダーとナショナリズムの関わりについて、その問題の所在を明らかにするとともに、シャリーア法廷台帳を主要史料とすることによって新たな知見を得ることができるという、史料の可能性を示した。
報告者は最初に、1920年代のエジプトの出版・言論界において、「結婚の危機(marriage crisis)」と呼ばれる、都市中流層の未婚男性の増加が問題視されていたこと、そしてその原因として、伝統的な結婚形態の是非や女性の教育問題など様々な問題が議論されていた事実に言及した。その上で、同時代のシャリーア法廷台帳に表われる結婚や離婚に関する個別具体的事例を、かかる「結婚の危機」議論の中に位置づけるという、報告者の研究のスタンスを提示した。
次いで、オスマン帝国の名目的支配から英国の半植民地的支配へと移行する19世紀から20世紀初頭のエジプトの政治的背景について解説した。その上で、近代における国民としてのアイデンティティ形成とジェンダーの問題を概観し、法廷台帳の事例は、当時の一般の男たち、女たちが結婚と離婚、および互いの権利と義務をどのように理解していたかを探る手がかりになることを主張した。
その上で、この時代の司法制度と家族法・身分法について詳細な説明を行った。19世紀以来の司法改革を通じ、西欧の近代法を範とした世俗法が制定され、それを扱う裁判所制度が確立していった。その結果、旧来のシャリーアとシャリーア法廷の管轄領域と役割は狭められ、身分法と宗教的寄進の分野に限定されることとなった。その一方で、ハナフィー派・シャーフィイー派・マーリク派の理論を統合した身分法の制定、婚姻の文書形式の登録義務づけ、結婚可能年齢の制限、裁判官や証人、書記官の「国家官吏」化などを通じ、結婚乃至は家族という人々の私的領域に対する国家権力の介入が強化されていったことを論じた。
最後に、改革後のシャリーア法廷制度と法廷台帳について解説した。近代的な司法改革を通じてシャリーア法廷は簡易裁判所、第一審裁判所、高等裁判所の三審制となり、各々一名、三名、三名の裁判官によって審理された。そしてかかる制度のもと作成された法廷台帳の記載内容を種類ごとに概観し、同一案件に関する各裁判所の台帳間の関係を整理した。
報告後、コメンテーターの嶺崎寛子氏(お茶の水女子大学大学院・日本学術振興会)より、①日本における近代化とジェンダーの問題(「良妻賢母」像の成立や理想の女性像としての皇后像の創造など)、②ナショナリズムとコロニアリズムとジェンダーとの関係(被植民地地域における国民国家の形成過程において、しばしば「女性」が土着の文化とナショナリズムの象徴と見なされた)、③国家による私的領域への介入・支配を可能とする道具としての法の役割、という三つの視点からコメントが提示された。
質疑応答では、「結婚の危機」問題に対するイスラーム主義者たちの姿勢・主張、法廷台帳の記述内容などについて質問が出され、活発な議論がなされた。
文責 五十嵐大介(日本学術振興会)
(2007年12月28日更新)