収集資料紹介:イーラジュ・アフシャール著『旅の余白』

Bayāz-i safar : yād′dāsht′hā-yi safar dar zamīnah-ʾi Īrānshināsī, kitābshināsī va nuskhah′shināsī
بیاض سفر : یادداشتهای سفر در زمینۀ ایرانشناسی، کتابشناسی و نسخه شناسی / نوشته ایرج افشار
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本書は、イランの文献学者として著名なイーラジュ・アフシャール氏(1925-)による紀行文集であり、『Yaghmā』誌や『Rāhnamā-ye Ketāb』誌に掲載された文章に、書き下ろしのものを加えて刊行されたものである。

本書は三部に分かれており、第一部は自身にとって二度目となる日本滞在記、第二部はイラン国内外への旅行とそれに伴う本や図書館に関する回想、第三部はドイツへの旅行記となっている。
われわれ日本人にとって最も興味深いのは、第一部の日本滞在記である。この滞在記は日誌のような形式で日々の出来事や行動が記されており、日付はイラン太陽暦1350年バフマン月11日(西暦1972年1月31日)から始まり、同1351年ファルヴァルディーン月4日(西暦1972年3月24日)で終わっている。

執筆の目的は日本におけるイスラーム研究(特にイラン研究)の紹介である。アフシャール氏は、北海道、東京、京都、奈良に滞在し、各地の研究機関や図書館に立ち寄り、見聞を記している。
では、内容について特徴的な点を以下に述べることとする。

まず注目すべきは、本田實信、足利惇氏両氏をはじめとする日本のイラン研究者やイスラーム研究者との交流が語られていることである。イラン研究者では黒柳恒男氏、岡田恵美子氏、大野盛雄氏が頻繁に登場するほか、佐藤次高、北川誠一、羽田亨一、坂本勉といった諸氏の学生時代の姿も見られる。三笠宮崇仁親王との親交も綴られている。safar01

本書では、日本で進展しつつあるイラン研究へのアフシャール氏の温かいまなざしと今後の発展に対する期待が感じられると同時に、日本や欧米の研究にイラン人学者の成果が十分に利用されていない現状への不満も表明されている。

また、国立国会図書館、東洋文庫、各大学の附属図書館(東京大学、京都大学、北海道大学、慶應義塾大学、天理大学)の視察も行っており、日本におけるアラビア語やペルシア語の史料の収蔵や図書館の利用状況に対する文献学者としてのアフシャール氏の観察は鋭く、各図書館における図書の分類法、目録の作成方法、蔵書数、一年間の貸出数、利用者数、椅子や机等の設備について細かく記載している。

もう一つ特記しておく必要があると思われるのは、日本の文化や風土に対する氏の関心の高さと、日本との比較を通じて当時のイラン人の生活や伝統文化に対する態度を見直そうとする視点である。
障子や襖とカーガズログkāghaẕloghの比較では、それが五、六十年前(1910年代から1920年代)のイランの建物の窓に使用されていたということが述べられているにすぎないが、札幌で幼い子供を一人は橇に乗せて引き、もう一人を背負って歩く女性の姿を目にした時、アフシャール氏はアバー‘abā、ラッバーデlabbāde、サルダーリーsardārīといった伝統的な衣装を捨てて、西洋化へと傾斜したイラン人の生活について批判的なまなざしを向け、自分たちの伝統文化に深い愛着と誇りを感じている(と氏が考えている)日本人を称賛している。
レザー・シャーの下での近代化以降におけるイラン社会の変容に関する知識人の見解の一例として、興味深いものといえるのではないだろうか。

為永憲司 (慶應義塾大学大学院文学研究科)

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