第3回「オスマン帝国史料の総合的研究」研究会(2008/10/21)

第3回研究会
[日時]  2008年10月21日(土) 13:00~17:30
[会場]東洋文庫3階講演室

[テキスト]ジェヴデト・パシャ『覚書 (Tezakir)』第1巻、11~27頁
[翻訳担当者]秋葉淳・長谷部圭彦・澤井一彰・黛秋津

 さる10月21日,オスマン史研究者を中心とする10名の参加者を得て,東洋文庫拠点研究班「オスマン帝国史料の総合的研究」第3回研究会が開催された。前回より本格的に始まったジェヴデト・パシャ著『テザーキル(覚書)』の試訳作業を踏まえ,今回も担当者により事前に回覧された試訳の検討と作業の細目に関する意見交換がなされ,作業上の基本的合意事項と今後の課題などが提起された。

 まず,前回より持ち越されていた澤井一彰氏の訳稿が検討され,訳文自体の検討はもとより,国家機構の呼称や文官・武官の位階・職階の呼称をめぐり,活発な議論がおこなわれた。とくに武官の職名や階級をめぐっては,前近代からの慣用的呼称(訳語)を尊重するいわば「前近代オスマン史研究者」と,19世紀以降の組織再編を踏まえた「近代的な」呼称を提唱する「近代オスマン史研究者」との意見交換がおこなわれた。たとえば,オスマン海軍の長たる「カプタヌ・デルヤー」の語を,前近代的制度との連続性を考慮して「海軍大提督」とするか,それとも近代的な軍政・軍令の別を考慮して(そして,そうした区別が未だ不明瞭であったということにも十分に留意して)「海軍長官」とするか,といった具合である。
また,文官・武官の位階・職階に関する訳語についても,明治期の日本での呼称などを参照しながら適語を吟味していく方針があらためて確認された。

 次に,やはり前回からの継続作業として,長谷部圭彦氏の訳稿が検討された。タンズィマート期より加速するオスマン帝国の教育改革の中で,目まぐるしく移り変わる教育制度や審議会の訳語の選定に際しては,19世紀のオスマン教育史に明るい氏の面目躍如といった観を呈した。これに関連して,たとえばオスマン帝国におけるウラマーの位階制度や給与体系に詳しい秋葉淳氏が文脈理解の上で必須となるキータームを指摘・解説するなど,当該テーマの研究者が会に参加し,試訳に携わることの有効性をあらためて認識させられる場面も多々見受けられた。
むろん,近代史研究上の悪い意味での「常識・慣例」とされてきた部分を正すためにも,前近代オスマン史研究者はもとより,他地域・他分野からの参加者の存在意義が本研究会で否定されることはない。なお,今回予定されていた黛秋津氏の担当箇所については,時間の都合で次回に持ち越しとされた。

 全体を通して,参加者全員がそれぞれの立場から意見を表明し,作業に反映させていくという会の流れは定まってきたように思われる。ただし,散会に当たって,今後の活動方針についていくつかの重要な提議がなされた。要点のみを挙げれば,①試訳担当者は必要最低限のキータームや人物の略歴について,専門百科事典程度の予備知識を身につけ,訳語に反映させ,場合によっては注で示すこと,②今回までの作業で明らかとなった文官・武官の位階・職階等についてリストの作成を急ぐこと,③訳稿の作成と事前回覧は余裕を持っておこなうこと,④修正意見や予備情報はメールなどを活用して事前に提示し,研究会当日までにある程度の論点整理と予備知識の共有がなされること,などである。
このうち④に関しては,散会直後よりかなりの程度実現し,研究会の限られた時間の中では尽くせなかった議論の詳細や論拠の提示等,今後の作業にとって有益な意見交換が開始された。

文責 佐々木紳(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)

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