第9回中央アジア古文書セミナー(2011/3/26)

NIHUプログラム・イスラーム地域研究東洋文庫拠点では共催により第9回「中央アジア古文書研究セミナー」を開催いたしました。今回は、ヴォルガ流域地方の文書情報の報告を含め、以下の通り実施いたしました。
[主催] 京都外国語大学国際言語平和研究所
[共催] NIHUプログラム・イスラーム地域研究東洋文庫拠点
[日時] 2011年3月26日(土)11:00~17:50
[場所] 京都外国語大学国際交流会館4階会議室(No.941)
>>会場アクセス
[概要]

central_asia_201002 約2週間前に、東日本大震災にみまわれたが、3月26日、京都で例年通り中央アジア古文書セミナーが行われた。震災にもかかわらず参加者は25人を数えた。

今回第9回目となる中央アジア古文書セミナーは、中央アジアのムスリムたちの遺産相続に特に焦点を当てたものとなった。

まず午前中に、磯貝真澄氏が、「ロシア連邦ウファ市国立中央歴史文書館ムスリム遺産分割関係文書の紹介」と題する報告を行った。
18世紀に創設されたオレンブルグ・ムスリム宗務協議会管轄下で作成され、現在ウファ市の文書館に所蔵されている行政文書フォンドの紹介の後、当該フォンドに含まれる遺産相続文書の内容や書式などが明らかにされた。ここでは、従来あまり知られていない、帝政ロシア内のムスリムの遺産相続と行政府の関わり合いなどもかいま見ることができ、非常に意義深かった。こうした研究は、本プロジェクトで中心的に扱っているブハラ、ヒヴァ、コーカンドなどマーワラーアンナフルにおける文書処理との比較を考える上でも重要な意味を持つと考えられる。

午後からは、例年通り、磯貝健一氏と矢島洋一氏による古文書講読の講習が行われた。今回矢島洋一氏は、帝政期以前、帝政期、革命後という三つの時代から遺産分割に関するブハラ地方のタジク語文書を取り上げた。まず、冒頭に分割対象(又は相続対象)となっている物件が記され、その後に、被相続人と相続人が明記されている。相続人には遺産全体に対する取り分の比率も添えられる。最後に、相続に関わる具体的な法的行為の説明がなされる。矢島氏によれば、大きな政治的な変化にもかかわらず、基本的な文書のスタイルには大きな変化がみられないという。なお、こうしたスタイルは、実は16世紀サマルカンドの遺産分割文書の写しにも確認できることも説明された。
今回講読した文書には、遺産として不動産のみならず、織物や金属製品など、動産も列挙されており、当時の生活文化を知る上で重要な史料となることも明らかとなった。

central_asia_201001 矢島氏の講習に続き、磯貝健一氏による中央アジアのファトワー文書の講読・講習が行われた。今年講読したファトワー文書は、セミナーの特集にあわせて、遺産分割に関連し、同一案件に関連する3通の文書であった。なお、磯貝健一氏によれば、一つの案件を対象とするファトワーが複数発見されたケースは極めて少なく、非常に貴重なサンプルであるという。
ファトワー文書は「定型句+状況説明+見解」という組み合わせから構成され、文書の右端に、事案の可否を判断する論拠となる学説が、法学書から引用されていることや、定型句に関する説明も行われた。

今回講読したファトワー文書は、遺産相続に際して、他の相続人から訴えられた被告が代理人を委任すること、及びその代理人を通じて裁判の途中で原告に対して別訴訟を起こすことの是非を問うものであった。原告側と被告側の双方から求められ発給されたファトワー文書を講読したのであるが、その結果論拠となっている法学書からの引用が実はファトワー要請者の意向に沿ってかなり恣意的に行われていることが明らかにされた。従って、ファトワー文書を用いて研究するものは、可能な限り、引用元の法学書原典に立ち返り確認するべきであるという。

中央アジア古文書セミナーは今回で9回目であり、例年、様々な地域時代を対象とする研究者が、多様な世代から参加している。
常に中央アジア古文書研究の最新の成果に触れることができるだけでなく、他地域を対象とする研究者からの比較も含め活発な情報交換の場となっており、こうした研究プロジェクトが継続している意義は非常に大きい。震災の影響で首都圏では研究会等が軒並み中止または延期に追い込まれている。そうした中で、比較的被害の少ない関西圏だからこそ、と今回もセミナーの実現に尽力された研究代表者の堀川徹教授をはじめ、講師を務めた磯貝健一氏、矢島洋一氏、磯貝真澄氏に敬意と謝意を表しつつ、今後の一層の継続・発展を期待したい。

[プログラム]
11:00~11:10 開会挨拶(堀川)
11:10~12:10 磯貝真澄「ロシア連邦ウファ市国立中央歴史文書館所蔵ムスリム遺産分割関係文書の紹介」
12:10~13:30 昼食
13:30~15:00 矢島洋一「19~20世紀ブハラの遺産分割文書」(文書講読)
15:00~15:20 コーヒー・ブレーク
15:20~16:50 磯貝健一「20世紀初頭サマルカンドのファトワー文書」(文書講読)
16:50~17:50 総合討論

文責:阿部 尚史 (東京大学 グローバルCOE)

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