第4回中央アジアの法制度研究会(2008/11/29-11/30)
ウズベキスタン ロシア・東欧バルカン 中央アジア・コーカサス 内陸・東アジア 中央アジアの法制度研究会
東洋文庫拠点では 京都外国語大学国際言語平和研究所との共催で下記の通り第四回「中央アジアの法制度研究会」を開催いたしました。
本研究会は、中央アジアにおける前近代からソ連期、独立期にいたる法制度の変遷をテーマに、イスラーム法、ロシア・ソ連法の研究者が参加して、文字通り学際的で稔りある会になることを願って開始されたものです。
[主催] 京都外国語大学国際言語平和研究所
[共催] NIHU研究プログラム・イスラーム地域研究東洋文庫拠点
[日時] 2008 年11月29日(土) 13:00~18:00 懇親会:18:30~21:00
2008年11月30日(日) 9:00~12:00
[場所] 静岡労政会館 第1研修室(29日);第2会議室(30日)
〒420-0851 静岡市葵区黒金町5-1(静岡県勤労者総合会館4階) ℡:054-221-6280
>>会場サイト
[概要]
第4回中央アジアの法制度研究会は、3人の報告者、19人の参加者を迎えて行われた。顔ぶれは日本法制史、民法、ロシア・ソ連法、イスラーム法、比較法などを専門とする法律研究者、さらに中央アジア、インド、ロシアなどをフィールドとする歴史研究者ときわめて幅広いものとなった。会の冒頭において堀川徹氏(京都外国語大学)より、本研究会の経緯について説明がなされた。この点については、木村暁氏(日本学術振興会)による第3回中央アジアの法制度研究会の報告に尽くされているため、そちらを参照されたい。
最初の宮下修一氏(静岡大学)報告「ウズベキスタン担保法制改革の現状と課題―抵当法運用状況に関する現地調査結果をもとにして―」は、以下の構成のもとで行われた。
1.はじめに
2.抵当法利用の前提となる経済需要の有無
3.抵当法運用に必要な不動産登記制度の整備状況、ならびに土地私有化の進展状況
4.民事執行の実態把握と抵当法の実効性確保へ向けた方策
5.終わりに―ウズベキスタン担保法制改革における今後の課題
宮下氏は、自ら国内委員会委員を務める「ウズベキスタン企業活動発展のための民事法令および行政法令改善プロジェクト」(JICAと名古屋大学が合同で2005年より実施)による抵当法(2006年10月5日制定)の運用状況に関する現地調査の成果をもとに、①小規模企業向け銀行融資や不動産を担保とした貸付が難しいなど、抵当法利用の前提となる経済需要が低いこと、②抵当権を設定するための前提となる不動産登記制度は整備途上であり、土地私有化も限定的であること、③抵当権を実効化させるために必要な民事執行、とりわけ競売について、これが民事執行法に抵触する可能性があることから、銀行が住宅に担保権を設定することに強い懸念を抱いていることを指摘した。
報告後には田中克志氏(静岡大学)より、おもに日本の事例との比較から、ウズベキスタンにおける担保法のニーズや根抵当の概念のなさについてコメントがなされた。さらに自由討論に入ると、所有におけるロシアの占有の観念との類似や、ロシア革命以前の中央アジアに多く見られる用益を担保にし、永久に利用できるようにする方法との共通性といった鋭いコメントがなされた。
2番目の伊藤知義氏(中央大学)報告「姦通罪の比較法文化論―東アジアとイスラーム世界における原理の異同を考える―」は、以下の構成で進められた。
1.はじめに
2.東アジアにおける姦通罪の歴史と原状
3.東アジアにおいて姦通罪を支える(支えた)原理
4.イスラームにおける姦通罪
5.おわりに
伊藤氏は、姦通罪の是非について異なる文化圏に属する人々の間で共通の理解が可能か、という問題意識に立脚し、日本、中国、韓国、そして中央アジアを含むイスラーム圏における姦通罪の歴史的変遷と現状を詳細に検討した。そして姦通罪がよって立つ原理には相違点があるとはいえ、いずれも父系の血統を守ることを重視してきたことに注目すべきであると述べた。
報告後に堀井聡江氏(桜美林大学)よりイスラーム法における姦通の概念や姦通罪の規定について、根本原理の説明を交えつつ詳細な補足がなされた。討論は姦通と密接に関わる婚姻のあり方、それから相続、離婚の問題にまで及んだ。とくに離婚に関しては法学書に規定された理論と裁判文書に記された現実との接点について事例に即した議論がなされた。
3番目の大江泰一郎氏(静岡大学)報告「ロシア・ソビエト法史における所有権概念」は、次のような構成により行われた。
1.本報告のテーゼ
2.社会主義崩壊過程における所有権制度の実質的変化
3.帝政ロシア法とソビエト法との連続性
4.歴史的背景
5.スペランスキー民法典の成立事情と所有権規定
大江氏は、ロシア法における所有権sobstvennost’が、複数並列的な制度をなしており、所有権という権利の中核をなすものが処分権ではなく、権力的な占有権にある点、行政法上の制度・概念である点、そしてこうした所有権制度の成立にはモンゴル支配が決定的な影響を与えた点を明らかにした。とくに所有権を単一の私的所有権制度であると規定する西欧法との差異に注意をうながすとともに、ロシア法の所有権概念が現代ロシア法ならびに中央アジア諸国を含めた旧ソヴィエト法を継受した諸国の所有権制度に受け継がれていることを指摘した。
報告後に奥田敦氏(慶應義塾大学)よりイスラーム法において所有権、契約といった分野が属するムアーマラートmuʻāmalātの概念について説明がなされた。大江氏によるロシア法のもとでの所有権の中核が占有権にあるとの提起を受けて、奥田氏は、イスラーム法のもとでは土地の「最終処分権はアッラーにある」と言え、人にはその用益権が与えられているとのコメントがなされた。議論の席上、中央アジアにおいて実態として共有されてきた所有権概念とロシア法・ソヴィエト法の所有権概念双方が、ロシア帝国の中央アジア支配からソ連期へというプロセスにおいて、衝突することなく受け入れられたのではないか、という仮説は、今後本研究会においてさらに検証されていくであろう。
本研究会は4回目を迎え、各報告ともに専門的領域に踏み込んだものとなったが、議論が出席者の専門を問わず活発になされたことは注目すべきである。このことは、出席者の間で問題意識が共有されている証左である。また、とくに本研究会の第1回、第3回における報告を務められた磯貝健一氏(京都外国語大学)より、ロシア革命期に至るまでの中央アジアにおける所有のあり方、婚姻の問題に関して実例にもとづくコメントが多数寄せられ、そこから議論が発展していった場面も多くあった。学際的な研究において、一般に専門を異にする研究者間での議論の難しさが指摘される一方、本研究会はより専門的かつかみ合った議論を展開しており、真の学際的研究としての成果を生み出す場を築きつつあるといえよう。
11月29日(土)
13:00-13:20 開会挨拶 / 堀川徹〔京都外国語大学〕
参加者自己紹介
13:20-15:00 中央アジア諸国における法整備支援の現状と課題
――ウズベキスタン民事法整備支援を例にして / 宮下修一〔静岡大学〕
★コメント / 田中克志〔静岡大学〕
15:00-15:15 コーヒーブレーク
15:15-18:00 姦通罪の比較法文化論
――東アジアとイスラーム世界における原理の異同を考える / 伊藤知義〔中央大学〕
★コメント / 堀井聡江〔桜美林大学〕
18:30-21:00 懇親会
11月30日(日)
9:00-11:45 ロシア・ソビエト法史における所有権概念 / 大江泰一郎〔静岡大学〕
★コメント / 奥田敦〔慶應義塾大学〕
11:45-12:00 閉会挨拶 / 堀川徹
次回開催予定
文責 塩谷哲史(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程;日本学術振興会特別研究員)
(2008年12月17日更新)