「シャリーアと近代」平成23年度第4回(通算第25回)研究会
イスラーム地域研究東洋文庫拠点研究班「シャリーアと近代:オスマン民法典研究会」 は、科研費(基盤B)「イスラーム法の近代的変容に関する基礎研究:オスマン民法典の総合的研究」と共催で、オスマン民法典(メジェッレ)のアラビア語訳の講読および翻訳作成を最終目的として、 研究を進めています。
下記日程にて今年度第4回(通算第25回)目の研究会および会合を行いました。
[日時] 2011年10月1日(土) 13:00~17:30
[会場] 東洋文庫7階会議室(東京都文京区本駒込2-28-21)
[概要]
今回は、浜本氏の試訳に基づき、売買の第6章第1節乃至第4節について検討を行った。
第6章は、خيار(研究会では「選択権」と翻訳)に関する章であり、メジェッレではخيار الشرط(研究会では「約定選択権」と翻訳)、خيار الوصف(研究会では「性状選択権」と翻訳)など、7種類の選択権について規定している。
メジェッレでは、خيارそのものについては定義規定がなく、7種類の選択権について独立に定義し、独立に規定するという体裁をとっている。7種類の冒頭で規定された約定選択権は、10条に及び、比較的詳細に規定されているが、性状選択権以下の規定では、これらの規定を引用する条文はなかった。ただ、例えば性状選択権に関する312条は、「性状選択権を与えられた買主が、売買目的物について所有者としての処分をなした場合には、選択権を失う。」と規定しているところ、約定選択権に関する304条の説明書で、「買主が〔約定〕選択権を与えられ、〔定められた選択期間内に〕売買目的物を売りに出す、質入れする、あるいは、賃貸するなど、売買目的物について所有者としての処分をなした場合には、〔これは〕売買〔契約〕を成立させるような行為による追認である。」と規定しており、選択権の解釈につき、一定の法理があるようにもうかがえる。
今回、研究会で検討したのは、7種の選択権のうち、約定選択権、性状選択権、支払選択権、特定選択権の4種である。メジェッレの規定上は、いずれも「選択権」と呼ばれるカテゴリーで規定されているが、我が国の法体系で類似概念を見出すならば、「約定選択権」は解除留保権ということになろうし、性状選択権は錯誤無効の問題に近いということになる(錯誤無効について付言すれば、わが国では錯誤の意思表示をした者しかその無効を主張できないとされており、メジェッレが言うところの性状選択“権”は、日本法でいうところの“錯誤の主張権”ということになろうか。)。買主が某時に対価を支払い、それを支払わなければ〔両契約当事者〕の間に売買〔契約〕がなかったことにする支払選択権(313条)は、日本法では、期限内に弁済がなかった場合には当然に契約が解除されたことにするという契約上の当然解除条項の問題となろう。複数の不代替物について、〔そのうちから〕買主が望むものを〔売主が〕明示した対価で取得する、あるいは売主が望むものを同様に〔明示した対価で〕引き渡すという約定で、売主が対価を別々に明示した場合の特定選択権(316条)は、日本民法の類似概念として選択債権(民法406条)が挙げられるであろうが、私見では、メジェッレの例は売買目的物と代金のいずれも特定がなく、売買契約としては不成立とみる。ただし、複数の物についてそれぞれ売買契約の予約(民法556条)をし、そのうちのひとつについて予約完結権を行使すれば、他の物について予約完結権を失うという合意は可能であろう。
このように、日本法では、解除留保権や錯誤無効などの要件も効果も異なる概念について、メジェッレでは、およそ当事者が“選択”する場面について「選択権」というカテゴリーでまとめているように思える。
文責:田崎博実(第一東京弁護士会所属 弁護士)
(2011年11月3日更新)