修史官年代記(Vakanüvis Tarihi)

1.修史官制度とその年代記

オスマン帝国はその長い歴史のなかで、多くの歴史叙述を残した。そのオスマン帝国における歴史叙述の最も顕著な特徴は、公式の歴史官制度、すなわち「修史官(ヴェカイ・ニュヴィス、ヴァカ・ニュヴィス。「事件を書く者」の意)」制度が存在したことであろう。修史官たちは、18世紀初頭から帝国滅亡まで連続して任命され、帝国の歴史を書き継いでいった。本項は、オスマン帝国史研究の基本史料のひとつと見なされている、この修史官による諸年代記について取り上げる。研究者の間ではこの諸年代記について「修史官年代記Vakanüvis Tarihi」という用語を充てることが多いが、本項でもこの用語を用いることにしたい。

初代修史官として一般に認められているのは、書記ナイーマー・ムスタファ・エフェンディである。彼は、1697年頃に当時の大宰相アムジャザーデ・ヒュセイン・パシャによって歴史編纂を命じられ、イスラーム暦千年に当たる1591年から1654年までを含んだ歴史書を著した(1)。ナイーマーは1704年に離職するが、この時点ではまだ修史官制度は確立していなかったためにすぐに後任が据えられることはなかった。制度の定着は、1714年に史書編纂を命じられたラーシト・メフメト・エフェンディの在職中(1714-1723年の間在職。著作は『ラーシト史』(2)、1654-1722年を扱う)だと考えられる。ラーシト以降、最後の修史官アブドゥッラフマン・シェレフ・エフェンディに至るまでの約30名が、1922年のオスマン帝国滅亡まで連綿と任命され続けることになる。修史官は書記やウラマーのなかで文才に優れた者が本職を保持したまま副職として任命される形を取った。その職務は、前任者の残した草稿をまとめ、それを史書に編纂することと、同時代の事件を記録することであった。修史官の給与に関する明確な規定はなかったが、年始にそれまで書いた草稿を献呈することで報償を受けとったほか、特定の財源からの税収を収入として与えられることもあった。

修史官の歴史書は編年体で編まれ、遠征や任免の記事を中心とし、重要な事件に関する勅令の写しなどを含んでいる。公式の歴史官であったために公文書を利用できたと思われるが、実証的な検証はまだ行われていない。こうした形式を備える年代記は、官僚であったセラーニキーによる『セラーニキー史』(16世紀末)が端緒とされ、その後徐々に増加して修史官の時代に主流となった。新しく任命された修史官は前任者の残した草稿をまとめ、前任者が筆を置いたところから歴史を書き継いだ。ただし扱われる時期が重なる、あるいは空白の時期が存在することもある。また短期間の任命に終わった修史官は史書を残さないこともあった。

ラーシト以降で史書を著した修史官のうち、著作が刊行されている者を挙げると、キュチュクチェレビザーデ(彼の著作『キュチュクチェレビザーデ史』(2)は『ラーシト史』の補遺として刊行された。1722-1728年を扱う)、スブヒー(前任であるシャーミーとシャーキルの残した草稿を利用したため、彼の作品は『シャーミー・シャーキル・スブヒー史』(3)と呼ばれる。1730-1743年を扱う)、イッズィー(4)(1744-1752年を扱う)、チェシュミザーデ(5)(1766-1770年を扱う)、ヴァースフ(複数回修史官を務め、その都度史書を書き進めた。刊行されているのは1752/3-1774/5年の部分 (6) と、1783-1787年の部分(7)である)、アースム(8)(1791-1808年を扱う)、シャーニーザーデ(9)(1808-1821年を扱う)、エサド(10)(1821-1826年を扱う)、ジェヴデト(1774年-1826年を扱う『ジェヴデト史』(11)と、修史官の後任者のために書き残した『覚書』(12)がある)、リュトフィー(13)(1826-1876年を扱う)、アブドゥッラフマン・シェレフ(修史官として書いた1908-1909年の事件を扱った草稿(14)が刊行されている)である。

1831年にオスマン政府が官報の発行を始めて以降、歴史編纂官としての修史官の役割は縮小した。修史官による歴史書の少なくない量を占めていた任官などの記事は、官報がより徹底して取り扱うようになったためである。そして修史官自身も官報の編集に携わるようになり、修史編纂は停滞気味となった。19世紀半ばの修史官ジェヴデトは、高名な史書『ジェヴデト史』を著したが、これは修史官としてよりも、1851年にフランスのアカデミー・フランセーズを範に設立された学士院 Encümen-i Daniş における活動として本来はものされた著作であった。ジェヴデトの跡を継いだリュトフィー・エフェンディは、やはり官報の編集に携わっており、彼の史書は官報のダイジェストとも評される。最後の修史官アブドゥッラフマン・シェレフも、修史官としてよりもオスマン歴史学協会での活動が主であった。修史官制度は官報の登場とともに変質し、実質的な活動を停止したのである。

2.修史官の史書を用いた研究

まず、修史官に限らずオスマン朝の史家や年代記全般について解説した書誌的研究として、Karslızade Mehmed Cemaleddin (1314)、Bursalı Mehmed Tahir (1342)、Babinger (1927) に触れておく。とくにBabingerは、叙述史料を利用する場合にまず参照すべき研究である。そのトルコ語訳はトルコ共和国所蔵の書誌情報が増補されているため、ドイツ語原本より詳細である。近年刊行された Afyoncu (2007, 34-40) は、現代トルコ語転写版に関する情報が新しい。

修史官の史書は、政治的事件や遠征などに関する歴史的事実を知るための史料として使われるという形が一般的であった。当該時期を扱っている史書を参照することによって、研究者はその時代に何が起こったかを簡便に知ることができる。このタイプの研究は枚挙に暇がないため、特定の研究を紹介することはしない。ただし修史官年代記が扱っている内容に偏りがあり、遠征や人事などは詳しいが、修史官のパトロンにとって都合の悪い記述は避けられる場合が多い。また社会史的な事件はあまり記されていない。こうしたことから、社会経済史はもちろん政治史研究においても、修史官の年代記よりも文書史料が重視されるようになり、その傾向は現在まで続いている。

その一方で、修史官の年代記そのものを研究対象とした史学史、思想史的研究も存在する。その先駆は、Thomas (1972)の『ナイーマーの研究』であろう。社会有機体説をキーワードに『ナイーマー史』や『ジェヴデト史』を検討した鈴木 (1978)、初期修史官を扱った小笠原(2004b)、『ジェヴデト史』を多角的に検証したNeumann (2000)がこの潮流に位置づけられる研究である。Tezcan (2007)は、修史官年代記の登場を17世紀におけるオスマン帝国全体の社会変動のなかに位置づけた意欲的なものだが、なお実証的な検証を必要とする。

修史官という制度そのものを実証的に解明する研究もある。制度全般については、トルコ語版『イスラーム百科事典』の項目(「修史官」)でもあったKütükoğlu (1994)の修史官に関する論文が詳細であり、関連する文書史料も駆使したこの研究はいまなお修史官制度の概要を知るのに必須である。İlgürel (1991)、小笠原 (2002, 2004a) も修史官の制度的側面を取り扱っている。また、Bondによる未刊行の博士論文 (2004) は、全ての修史官のキャリア・パターンを精査したものである。

修史官年代記の一部は近年まで写本のままであったが、エサド (10) やアブドゥッラフマン・シェレフ (11) の著作が、現代トルコ文字への転写として近年刊行されている。オスマン朝時代に刊行されていた『シャーニーザーデ史』(9) や『ナイーマー史』(1) も、転写版として新たに刊行された。最近のトルコ共和国では、修史官年代記に限らず叙述史料の刊行が盛んであり、叙述史料を用いた研究の進展が期待される。

(小笠原弘幸)

文献目録

【史料】

修史官が著した年代記(刊行された作品のみ取り扱い、写本は除外した。厳密な意味ではなく、一般に修史官の著作と考えられている著作も含む。複数のテキストがある場合は、最も利用しやすいものを記した)

  1. Mustafa Naima Efendi. Tarih-i Naima: (Ravzatü’l-Hüseyn fi hulasati ahbari’l-hafikayn). 4 vols. Edited by Mehmet İpşirli. Ankara: Türk Tarih Kurumu, 2007.
  2. Raşid Mehmed Efendi. Tarih-i Raşid. 6 vols. Istanbul: Matbaa-i Amire, 1282.
  3. Subhî Mehmed Efendi. Subhi Tarihi: Sami ve Şakir Tarihleri ile Birlikte 1730-1744 (İnceleme ve Karşılaştırma Metin). Edited by Mesud Aydıner. Istanbul: Kitabevi, 2007.
  4. İzzi Süleyman Efendi. Tarih-i İzzi. Istanbul: Raşid ve Vasıf Efendiler Matbaası, 1784.
  5. Çeşmi-zade Mustafa Reşîd. Çeşmi-zade Tarihi. Edited by Bekir Kütükoğlu. İstanbul: Edebiyat Fakültesi Basımevi, 1959.
  6. Ahmed Vasıf Efendi. Vasıf Tarih. 2 vols. Istanbul: Matbaa-i Amire, 1219.
  7. Ahmed Vasıf Efendi. Mehasinü’l-asar ve Hakaikü’l-ahbar. Edited by Mücteba İlgürel. Istanbul: İstanbul Üniversitesi Edebiyat Fakültesi, 1978.
  8. Mütercim Âsım Efendi. Âsım Tarihi. Istanbul: Ceride-i Havadis Matbaası, n.d.
  9. Şani-Zade Mehmed Ataullah Efendi. Şani-Zade tarihi(1223-1237/1808-1821). 2 vols. Edited by Ziya Yılmazer. Istanbul: Çamlıca Basım Yayın, 2008.
  10. Es’ad Efendi. Vak’a-nüvis Es’ad Efendi Tarih: (Bahir Efendi’nin Zeyl ve İlaveleriyle) 1237-1241/1821-1826. Edited by Ziya Yılmazer. Istanbul: Osmanlı Araştırmaları Vakfı, 2000.
  11. Ahmed Cevdet Paşa. Tarih-i Cevdet. 12 vols. Istanbul: Matbaa-i Osmaniye, 1309 (1st ed.), 1312 (2nd ed.).
  12. Ahmed Cevdet Paşa. Tezakir. 4 vols. Edited by Cavid Baysun. Ankara: Türk Tarih Kurumu, 1953-67.
  13. Ahmed Lutfi Efendi. Vak’a nüvis Ahmed Lütfi Efendi Tarihi. Vols. 1-8, edited by Yücel Demirel, Istanbul: Tarih Vakfı – Yapı Kredi Yayınları, 1999; Vols. 9-15, edited by M. Münir Aktepe, Istanbul: İstanbul Üniversitesi Edebiyat Fakültesi, Ankara: Türk Tarih Kurumu, 1984-93.
  14. Abdurrahman Şeref. Son Vak’a-nüvis Abdurrahman Şeref Efendi Tarihi: II. Meşrutiyet Olayları (1908-1909). Edited by Mehmet Ali Ünal and Bayram Kodaman. Ankara: Türk Tarih Kurumu, 1996.

【参考文献】

  • Afyoncu, Erhan. 2007. Tanzimat Öncesi Osmanlı Tarihi Araştırma Rehberi. İstanbul: Yeditepe Yayınları.
  • Aktepe, Münir M. 1949. “Naima Tarihinin Yazma Nushaları Hakkında.” Tarih Dergisi 1:35-52.
  • Babinger, Franz. 1927. Die geschichtsschreiber der Osmanen und ihre werke. Leipzig: Otto Harrassowitz, (Osmanlı Tarih Yazarları ve Eserleri. Trans. Coşkun Üçok. Ankara: Kültür ve Turizm Bakanlığı, 1982)
  • Bursalı Mehmed Tahir. 1342. Osmanlı Müellifleri. 3 vols. Istanbul: Matbaa-i Amire.
  • Bond, Robert Charles. 2004. The Office of the Ottoman Court Historian or Vak’anüvis (1714-1922). PhD. diss., University of California, Los Angeles.
  • İlgürel, Mücteba. 1991. “Vak‘anüvislerin Taltiflerine Dair.” In Prof. Dr. Bekir Kütükoğlu’na Armağan, 183-192. Istanbul: İstanbul Üniversitesi Edebiyat Fakültesi.
  • Karslızade Mehmed Cemaleddin. 1314. Ayine-i Zürefa (Osmanlı Tarihinde Müverrihleri). Edited by Ahmed Cevdet. Istanbul: Kitabhane-i İkdam (Osmanlı Tarih ve Müverrihleri, edited by Mehmet Arslan, İstanbul: Kitabevi, 2003).
  • Kütükoğlu, Bekir. 1985. “Osmanlı Arşivleri ile Vakanüvis Tarihileri Arasındaki Bağ.” In Osmanlı Arşivleri ve Osmanlı Araştırmaları Sempozyumu, 123-125. Istanbul: Türk-Arab İlişkileri İncelemeleri Vakfı.
  • Kütükoğlu, Bekir. 1994. Vekayi`nüvis Makaleler. Istanbul.
  • Neumann, Christoph K. 2000. Araç Tarih Amaç Tanzimat: Tarih-i Cevdet’in Siyasi Anlamı. Translated by Meltem Arun. Istanbul: Türkiye Ekonomik ve Toplumsal Tarih Vakfı.
  • Ogasawara Hiroyuki. 2007. “The Official Historiographers in the Ottoman Empire: the Formation Process and Their Ideas.” Orient 42:151-177.
  • Tezcan, Baki. 2007. “The Politics of Early Modern Ottoman Historiography.” In The Early Modern Ottomans: Remapping the Empire, ed. Virginia H. Aksan and Daniel Goffman, 167-198. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Thomas, L. V. 1972. Ed. Norman Itzkowitz. A Study of Naima. New York.
  • 小笠原弘幸2002.「オスマン朝修史官制度の形成」『史學雑誌』111(1): 70-94.
  • –––. 2004a.「オスマン朝における「修史部局」の位置づけ―「修史部局」分類に属する文書・台帳群の調査から」『オリエント』47(1): 96-112.
  • –––. 2004b.「オスマン朝修史官の叙法」『日本中東学会年報』20(1): 121-149.
  • –––. 2012.「オスマン帝国における官僚制と修史」小名康之(編)『文書行政に関する比較研究』有志舎.
  • 鈴木董1978.「オスマン・トルコ社会思想の一側面―有機体的社会観の展開―」『イスラム世界』14:1-21.
  • 濱田正美1984.「IV トルコ」『アジア歴史研究入門4』同朋社出版, 663-703.

(2012年3月作成、2012年8月更新)

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