遺産目録 tereke defteri

遺産目録オスマン帝国史料における「遺産目録」には、シャリーア法廷で作成され、シャリーアに則った遺産の相続がなされるために作成される目録と、政府が官僚や軍人などの死亡時に財産を没収するために作成される目録との二種類がある。後者はしばしば muhallefât defteri と呼ばれ、これを用いた研究も少なくないが、本項目では前者のシャリーア法廷文書を扱う。遺産目録は、シャリーア法廷で裁判官あるいはその代理(ナーイブ)の監督の下で作成され、相続人などに発給されるが、その現物を見つけ出すのは難しい。その代わり、シャリーア法廷台帳(sicil)にその控えがとられるため、研究は基本的に法廷台帳を使って行なわれている。ただし、現物の珍しい例として、三浦(1997, p. 76)にダマスカスの相続文書の写真が掲載されている。19世紀後半のものと思われるその文書は、本文の部分が上下逆転しているが、文書の下部(写真の上部)に印紙と裁判官の署名と印影があるのが判別できる。印紙は19世紀後半に導入されたものだが、遺産目録文書の形式が、署名と印が文書の上部に置かれる一般的な証書(hüccet)とは異なることがわかる。法廷台帳に記録された遺産目録文書では署名と印など一部の要素が省略されるが、研究者が一般的に用いているのは法廷台帳に控えられた写しなので、以下でも台帳に依拠して説明する。比較的規模の大きい都市では、遺産相続を専門とする遺産分割担当官(kassâm)が任ぜられている場合も多く、そのような都市の場合は、遺産目録専用の帳簿が作成されることが一般的である。また、その場合、支配者層(askerî)の遺産目録は別に作成された。これは支配者層の遺産目録作成にかかる手数料が、カザスケル(kazasker)の取り分となるためである。小規模の都市では、カザスケルの派遣する担当官によって遺産目録が作成された。支配者層に誰が含まれるのか、という問題は、時代によって異なり、必ずしも十分に解明されているとは言えない。

上述のように、本項目で扱う遺産目録は、シャリーア法廷台帳に記載されているものなので、刊行史料については「シャリーア法廷台帳」の項目を参照されたい。ただし、遺産目録の帳簿が別に作成されている場合は、刊行された台帳に遺産目録が記録されていない場合もある。遺産目録をまとまった形で刊行したものとしては、Barkan (1966[1968]), Nagata (1976; 1979) がある(ただし、Nagata 1976 は、財産没収文書を多く含む)。

まず、遺産目録の史料的性格について説明しよう。遺産目録は、どんな場合にも作成されるわけではなく、作成されるには何らかの理由がある。作成の要件を以下に挙げる。
(1) 相続人に未成年(sagîr ve sagîre)がいる場合(遺産管財人vasîの任命が必要)。
(2) 相続人に不在者(gā’ib ve gā’ibe)がいる場合(管財人kayyimが任命される)。
(3) 相続人から要請があった場合(相続人の間で何らかの紛争があった場合、非ムスリムがシャリーアに基づく遺産分配を希望した場合など)。
(4) 被相続人の債務あるいは債権が多いために、相続人や債権者から要請があった場合。
(5) 相続人がいないか、一時滞在者のように相続人を確定できない場合(国庫beytülmâlにより徴収される)。
(6) 被相続人の配偶者以外に相続人がいない場合(生存配偶者の取り分を除いた部分が国庫に)。

これらの要件のうちいずれかを満たさなければ、目録は作成されない。(6) は、イスラーム法の規定で、被相続人の配偶者の取り分が夫であれば最大1/2、妻であれば最大1/4に予め定められており、他に相続人がいなくてもそれ以上を相続できず、残余は国庫に回収されるためである。これらに加えて、

(7) 遺言による遺贈がある場合(遺言指定管財人 vasî が受領する)。

もおそらく、目録が作成されると考えられる。いずれにしても、法廷台帳に記録されている目録は、こうした条件のいずれかを満たすもののみであり、すべての故人の遺産が登録されているわけではないことを改めて強調しておく。それは、台帳に記録された目録の代表性との関わりで重要な問題である。そもそも、相続人たちがシャリーアによる介入を回避して自分たちの好きなように遺産を配分した可能性も考慮しなければならない。これは女性相続人を排除するためや、手数料の支払いを免れるためといった動機が考えられている。上に挙げた条件に左右されるだけでなく、経験的に、記録された目録には偏りがあることが知られている。第一に、財産を多くもつ人物の遺産がより多く記録される傾向がある。これは、財産がなければ相続もされないことを想起すればわかりやすいだろう。第二に、おそらく同様の理由から(あるいは、他の何らかの作為により)、男性の遺産のほうが女性の遺産よりも多く記録される傾向が認められる。第三に、非ムスリムの遺産は、通常、人口比よりも低い割合でしか記録されない。これは、非ムスリムはそれぞれのルールに従って遺産を相続することができるからだと考えられるが、上記の条件(4)や(5)の場合はもちろんのこと、(1)や(2)の条件も非ムスリムに適用されたという可能性もあり、地域、時代によっては一概に少ないとは言い切れないかもしれない。こういった代表性の問題とは別に、そもそも遺産目録に記載されない故人の資産があることにも注意しないといけない。すなわち、シャリーアの相続法に従って相続されるのは、私有財産のみであり、そのため、例えばワクフ財の用益権は記録されない。18世紀のイスタンブルの遺産目録中にほとんど家屋が現れないのは、市内の家屋の多くがワクフ化されていることに起因すると考えられるのである。この点に注意を促した研究はほとんどないが、遺産目録を扱う際に考慮すべき重要な点であろう。

さて、次に遺産目録の書式について見ていく。ただし、ここではバルカン・アナトリア地域のトルコ語圏で用いられた書式のみを扱う。目録は大きく分けて三つの部分からなる。第1部は、被相続人や相続人を特定する記述、第2部は遺産品目とその評価額を示すリスト、第3部は遺産の分割を示す部分である。以下では、法廷台帳に記載されている遺産目録の書式を説明する。

第1部の冒頭部分は、初期、すなわち15世紀末から17世紀後半までは、tafsîl あるいは muhallefât という語が1行に長く伸ばされて書かれ、2行目から、tereketü’l-merhûm … bin … kad mâte fî nefsi … ve tereke binten … ve kussimet muhallefâtühû fî … あるいは el-merhûme … binti … mâtet sâkinen fî mahalleti … bi-dâhili Galata … tereket zevcen … ve’l-verâse münhasıra fîhim. Vaka‘a’t-tahrîr ve’t-taksîm fi’l-yevmi …などとアラビア語で記された。しかし、遅くとも18世紀から、第1部もトルコ語で書かれ、より詳細な情報が盛り込まれるようになった。具体的に、第1部の一般的な構成要素は以下の通りである。

(1) 故人の説明。居住地、死亡の事実(ときに、「殺されて死んだ」など)、名前、父称。
(2) 相続人の説明。被相続人との関係は正確に示され、卑属の場合は成人か未成年か(kebîr(e)/sagîr(e))必ず書かれる。そして最後に、相続人がそれ以外にいないことが法的に確認されたことの言明が来る。
(3) 遺産目録作成の要請。これは、単に「要請により(bi’l-iltimâs)」などと書かれる場合もあるが、具体的に誰が要請したのか示されることも多い。それは相続人やその代理人、遺産管財人などであるが、被相続人に多方面の債務がある場合は「債権者たち(erbâb-ı hukūk)」という例もある。
(4) 結語と日付。「書き記され、売却、分割された前述の故人の遺産が以下に述べられる(tahrîr ve bey‘ ü taksîm olunan tereke-i merhum-ı müteveffâ-yı mezbûrdur ki zikr olunur)」などが一般的な形式である。日付は、通常、年月日をアラビア語で記す。

第2部では、まず遺産の品目と評価額が列挙される。通常、冒頭には書物、そしてクルアーン写本を有していれば必ずそれ(mushaf-ı şerîf)が挙げられる。書物の小計が示される場合もある。これは、書物は他の物品と違って書籍商(sahhâf)によって評価額が付けられていることに起因するものと考えられる。とはいえ、書物が含まれる遺産は決して多くない。書物がない場合は、不動産から始まることが多い。それ以降の順序は地域・時代により異なるが、現金や債権は最後に来ることが通例である。そこに含まれるのは、家屋、菜園・果樹園などの不動産、家畜、敷物類、衣服(「着古された(köhne)」は頻出語であり、高級な毛皮からズボン下まで記録される)、鍋など台所用品、その他燭台、時計、梱などの道具類、そして奴隷など、ありとあらゆる財産である。価格がつけられていることから、これらの遺産品目がすべて売却されたのか、それとも単なる評価額なのか、ということも問題とされてきた。19世紀末以降には、孤児財産が現金化されて、「利子」をつけて運用されていたことが知られている(制度化された)ので、おそらく実際にそのような形で遺産管財人に委ねることが一般的だったと思われる。しかし他方で、住んでいた家屋や、利益を生む生産手段(家畜など)まで売却されるのは、配偶者や遺児たちにとって不都合だったはずである。これに関しては、16世紀前半のウスキュダル法廷の遺産目録に、どの物品を誰が相続するかが注記されているものがあり(Seng 1996, pp. 141, 168; Yılmaz 2010, passim)、記載されている価格は文字通り評価額で、実際に清算するかどうかにかかわらず、その額に応じて遺産を配分するためのものであることが判明する。

遺産額の総計が記された後、「控除(minhâ el-ihrâcât)」と長く書かれ、その下に控除の内訳が記される。通常、遺体の洗浄と包み(techîz ve tekfîn)が筆頭に来て、被相続人が既婚男性で生存配偶者がいる場合、後払い婚資(mehr-i mü’eccel)がそれに続く。重要なのは手数料で、裁判官あるいは遺産分割担当官の取り分である(resm-i kısmet)、書記手数料(kâtibiyye)、従者の手数料(çukadâriyye)、仲介人手数料(dellâliyye)、使用人の手数料(huddâmiyye)、廷吏(召喚係)の手数料(ihzâriyye)、記録官の手数料(kaydiyye)など多岐にわたる。そして、債務がある場合は、債権者の名とともに記録される。控除分の小計が出された後、遺産の純額(sahha’l-bâkî)が示される。なお、故人の債務が遺産総額を上回った場合は、控除後の遺産純額から債権者にその債権額の割合に応じて返済がなされる(guremâ taksimi)。

第3部では、相続人とその相続額(hisse)が遺産純額の内訳として示されるが、遺言による遺贈分がある場合は、それ(遺産純額の1/3)を差し引いた額が配分される。最後に、その相続額が即座に相続人にわたらない場合などには、注記が書かれる。なお、当座証人(şuhûdü’l-hâl)は記されない。

さて、遺産目録を最初に本格的な歴史研究に用いたのは、やはりİnalcık (1953–54) であった。彼は、ブルサの法廷台帳に記録された遺産目録を用いてブルサにおける商人の活動を明らかにしたのである。これに続く研究はすぐには現れず、1968年になって経済史家 Barkan (1966[1968]) がエディルネの支配者層の遺産目録の史料集を刊行し、それに長い解説を付けた。それを受けて İnalcık (1969) は、自身のブルサ研究と Barkan (1966[1968]) とに基づいてオスマン社会における「資本形成」を論じた。1970年代にはまだ研究が少なく、永田(1976)、Nagata (1976), Todorov (1976), Veinstein (1978), Veinstein et Triantafyllidou-Baladié (1980) などまでが、初期の研究に属する。

本格的に研究が盛んになるのは、1990年代に入ってからとも言える。遺産目録は、そのほとんどが歴史的に無名の人物の記録であり、各々の量も長いものではないが、同種の史料が大量に現存し、遺産額という数値が含まれるため、統計的な処理に適した史料である。そのため、一つの都市の法廷台帳を多数調査し、大量のデータを集めて分析した研究が多くなされている。その代表格は、Establet et Pascual (1992, 1994, 1998, 2011) であり、彼らは17世紀から18世紀のダマスカスの遺産目録を集めてさまざまな観点から分析を加えた。同様に、一つの都市の遺産目録のマクロ分析を行なったものとして、Özdeğer (1988), Öztürk (1995) などがある。

他方、特定の個人あるいは家系に着目して、その遺産目録からその経済活動や社会的地位を明らかにするタイプの研究がある。こうしたアプローチは、財産を有した人物や家系、あるいはもう少し広く、地域の名望家層全般を分析するのに適しており、カラオスマンオール家研究のNagata (1976)、ボスニアの名望家層の遺産を提示した Nagata (1979), 永田・永田(1994)、アレッポの名望家層を扱った Meriweither (1999, chap. 4) などがこれにあたる。また、著名な人物の遺産目録を探し当てることができれば、厚みのある人物研究が可能になる。例えば Sabev (2006) は、印刷所を開設したことで知られるイブラヒム・ミュテフェッリカの遺産目録を見いだし、彼の伝記情報を書き改めたほか、ラテン語あるいは他のヨーロッパ言語で書かれた書物を含む彼の蔵書を明らかにした。

より個別的な観点に絞った研究も盛んである。遺産目録には故人の相続人すなわち家族の情報が書かれていることから、一夫多妻の普及度や平均的な子供の数を割り出すことなどにも用いられている。ただし、死んだ時点での妻や子供の数であるため、史料的な限界があることには注意しないといけない。また、奴隷は遺産に含まれても、そうでない使用人は相続財産ではないので、遺産目録から世帯を再構成することは不可能である(使用人に対する負債などがあって判明することもある)。ここでは、Özdemir (1989), Demirel (1990[1991]), S. Öztürk (2000), Çakır (2012) などを挙げておく。

女性の遺産目録も数多く存在するため、女性史研究の史料でもある。そもそも女性の遺産目録の存在により、女性がイスラーム法で認められた財産の権利を確かに享受し、財産を保有していたことが明らかになったとも言える。女性と男性では遺産の内容が大きく異なることも知られており、遺産目録からはオスマン社会における女性の生活をかいま見ることができる(Göçek and Baer 1997; Seng 1994; Faroqhi 2000; Establet et Pascual 2002)。

また、遺産の各品目に評価額がつけられていることから、価格研究も試みられている。この評価額がどの程度実勢を反映しているのか疑問視されてきたが、 M. Öztürk (1991) は、公定価格表(narh)とつき合わせてみると、おおよそ対応関係が認められることを明らかにした。

遺産の品目そのものに着目した研究も行なわれている。物質文化や消費の研究は、近年盛んになったジャンルである。遺産目録がそれに適した史料であることは言うまでもない(Artan 1998; Faroqhi 2004; Göçek 1996, chap. 3; Grehan 2007)。例えば、コーヒー・ミルなどの道具がいつ頃から遺産目録に頻出するかを調べることで、コーヒーの一般家庭への普及を跡づけることもできる。Karababa (2012) は、こうした長期的な嗜好の変化を分析したものである。遺産品目のうち、書物については、その題名も記録されていることが通例である。そのため、遺産目録から書物の保有の状況が明らかにされつつある(Estanblet et Pascual 1999; Hanna 2003, chap. 4; Sabev 2006)。書籍商の遺産目録からは、書店の在庫品ではあるが、当時のベストセラーをうかがい知ることができる(Erünsal 2013; Sabev 2009)。こうした研究は、「読書」の歴史研究につながるものである。また、奴隷もまた財産であり、遺産目録に見られる奴隷に着目した研究もある(Seng 1996)。

より最近の傾向として、富の配分や格差に関する研究がある。ピケティ『21世紀の資本』のブームにも見られるように、これは今日的な問題であると同時に、歴史的な問題でもある。また、こうした動向は、法廷文書の叙述を丹念に読み解く法社会史的アプローチに対して、アナール派以来の計量歴史学の復権とも言える。オスマン史研究では、Establet, Pascual et Raymond (1994) が嚆矢となるが、現在では Ergene が精力的に研究を展開している(Ergene and Berker 2008; 2009; Ergene, Kaygun and Coşgel 2013; Ergene and Kaygun 2014)。Gradeva (2005), Canbakal (2009) もほぼ同時期に現れている。

最後に、遺産目録の書式については、日本語では永田 (1976) に、簡潔だが要を得た解説がある。英語では、Mattehws (2000) が詳細な説明を試みているが、誤りも散見される。また、遺産目録の史料的性格を論じたものとして Ergene (2002) があり、遺産総額が少ない方が手数料の占める割合が高いという逆累進性が見られることを指摘している。なお、遺産目録の研究史を Canbakal (2011) がまとめている。

(秋葉 淳)

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(2015年3月作成)

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