年鑑Salname

年鑑salnameには、大きく分けて政府刊行物と民間の出版物(nevsalというタイトルをもつものもある)の二種類があるが、本項では政府刊行物すなわち、国家年鑑devlet salnamesi、各州の年鑑vilayet salnameleri、各省庁の年鑑nezaret salnameleriのみを扱う。これら公的な年鑑の主たる内容は、官職にある人物の一覧であり、官員録の性格を有するが、その用途からすれば、官僚のハンドブックと言うことができる。

1)国家年鑑 国家年鑑は1263/1847年に第1号が刊行され、その後67号(財務暦1328/1912年)まで定期的に毎年出され、戦争による中断の後、68号(財務暦1334/1918年)によって終結した。国家年鑑は当初の小型で薄いものから、徐々に充実した内容になっていくが、その中心は、中央の各政府機関の各役職・官職に在任する人物名の一覧である。地方については当初は州総督、財務長官、法官にとどまっていたが、のちに、県sancakレベル、さらに郡kazaレベルの官員名も掲載するようになる。第1号から冒頭に必ずあるのは暦で、ヒジュラ暦と財務暦との対照だけでなく、祭日や各地の大市panayırの日なども書き込まれている。そのほか、各国駐在の外交官、キリスト教・ユダヤ教の各地の聖職者、オスマン帝国に駐在する各国大使・領事一覧、郵船の運航表、各種学校の職員とその生徒数、さらには帝国内の印刷所と出版されている新聞の一覧なども見いだすことができる。官吏のマニュアルとしての性格は、例えば、官職保持者への呼びかけに用いる称号のリストや、いくつかの号にある県名、郡名のアルファベット順一覧、初期の号に掲載されていた外国の元首や人口などの紹介などから伺うことができる。

2)州年鑑 1864年に始まる州制法Vilayet Nizamnamesiの施行にともなって、各州で年鑑が刊行されるようになった。ボスナ(ボスニア)州年鑑が最も早く(1283/1866年)、それに続いてハレブ(アレッポ)州(1284年)、コンヤ州、スーリエ(シリア)州、トゥナ(ドナウ)州(いずれも1285年)で出された。しかし毎年定期的に出されることは少なく、また、第二次立憲政期にはほとんどの州で停止されてしまう。内容は州や時期によって違いがあるが、各州内の行政機関ごとの官職在任者の一覧が基本となっている。冒頭に暦があるのは国家年鑑と同様だが、州年鑑の特徴としては、人口や学校その他の公共施設に関する統計、各地域の地理(山や河川などの地勢、気候、産業、人口、公共的・歴史的建造物、遺跡、慣習など)に関する叙述、地図、歴代州総督・知事の一覧、その地方の歴史(あまり例は少ない)などが掲載されていることである。このような内容が含まれているのは、やはり、地方官のマニュアルという用途から理解される。地理・歴史的記述が充実している例として、イエメン州年鑑第1号(1298/1880)、第3号(1304/1886)、トリポリ州年鑑第10号(1301/1883)を挙げておこう。

3)省年鑑 省庁等の政府機関の年鑑の中では、陸軍が1865年から刊行した陸軍年鑑Salname-i Askerîが最も早く、1908年まで14号を数えた。号数で最も多いのは海軍年鑑Bahriye Salnamesiで、1890年から1925年(既に共和国期)まで24号刊行された。そのほかは種類も号数も少なく、省レベルの年鑑としては、外務省年鑑Salname-i Nezaret-i Hariciye(def‘a 1-4, 1885-1902)、教育省年鑑Salname-i Nezaret-i Ma‘arif-i Umumiye(def‘a 1-4, 6, 1898-1903)、イルミエ年鑑İlmiye Salnamesi (1916) があるのみである。これらは基本的には官員録であるが、教育省年鑑は、全国の各学校の生徒数のデータも記載しており、当該時期の教育史研究の重要史料である。一部の高等教育機関については卒業生のリストもある。長老府の文書局によって刊行されたイルミエ年鑑は、官員録に加えてイルミエ組織の歴史、歴代シェイヒュルイスラームの伝記集、カーディー学院Medresetü’l-kuzatの規則と卒業生のリストなどを含んでいる。

年鑑は、その官員録としての性格から、国家の組織とその人員についての情報を得るための基本史料である。年鑑を通時的に調査することによって、組織・機関の分化、創設、統廃合などについて知ることができる。Findley (1980) の近代官僚制研究では、組織図を描く際などに年鑑が活用されている。また、国家年鑑や州年鑑は、地方の行政組織の発展や行政区分の変遷を知るために、第一に参照すべき史料の一つである。その意味で、オスマン帝国の後継国家の研究者にも参照することを強く薦めたい。州年鑑を効果的に用いた例としては、市参事会(ベレディエ評議会)評議員の宗教別構成を分析した佐原 (2003) の第2章が挙げられる。年鑑に記載されたデータを数量的に分析する方法もある。例えば秋葉 (1998) は教育省年鑑を使って学校の統計を作成している。もちろん、年鑑に記載されている情報には誤りも少なくないと指摘されており、ある組織の成立や官吏の任命などの時期について厳密さを求めるなら文書に当たる必要がある。最後に、年鑑を一つのテクストとして扱うアプローチもありうる。年鑑は単なるデータの集成ではなく、読者すなわち主にオスマン官吏に向けて意図的に作られた表象であり、州年鑑に見られるような地方の概況は、それぞれが支配の言説なのである。そのようなアプローチはKühn (2002) に見ることができる。

オスマン帝国で刊行された年鑑についての概要はAydın (2009) の事典項目がよくまとまっているが、全容を知るには、官・民の年鑑の各号ごとの書誌と主要な所蔵図書館を記載するDuman の書誌・総合目録 (1982, 1999) が必須文献である。年鑑を多数所蔵しているのはイスタンブルのアタテュルク文庫Atatürk Kitaplığı、ベヤズト国立図書館Beyazıt Devlet Kütüphanesi、ミッレト図書館Millet Kütüphanesi、アンカラの国立図書館Milli Kütüphaneであるが、日本国内でも東京大学東洋文化研究所図書室には国家年鑑がほぼ全号揃っているほか、州年鑑、省年鑑も一部所蔵している。その他、東洋文庫や慶応義塾大学付属図書館にも所蔵がある(少し古いが江川・大河原 1995 も参照)。また、東京外国語大学とベヤズト国立図書館の共同プロジェクトのHPから年鑑の一部を閲覧することができるほか、IRCICA図書館のHPからも一部閲覧可能である(*)。年鑑の重要性が知られるようになって久しいが、国家年鑑のリプリントや現代トルコ語転写版は刊行されていない(とはいえ、刊行はおそらく時間の問題であろう)。省年鑑では、外務省年鑑(1)とイルミエ年鑑(2)の転写版が存在する。州年鑑はしばしば地方出版物として転写版が刊行されている。ほぼ全号が出たのはトラブゾン(3)(リプリント含む)とディヤルバクル(4)、スィヴァス(5)であり、他に、単発的に1号だけのものや(6, 7, 8, 9)、特定の県についての年鑑上の記述を集めた資料集(10, 11, 12)が存在する。また、バグダード州年鑑の一部の日本語訳(13)も存在する。

*2013年より、ISAM(イスラーム研究センター)図書館のウェブサイト(http://isamveri.org/salname)から年鑑をPDFファイルでダウンロードできるようになった。完全な揃いがどれだけあるか未確認だが、州年鑑や私撰の年鑑も含まれており、きわめて有用である。ただし、コピーをスキャンしたものもあり、画像の質は必ずしも期待できない。

(秋葉淳)

【史料】

  1. Galitekin, Ahmed Nezih, haz. Sâlnâme-i Nezâret-i Hâriciyye (Osmanlı Dışişleri Bakanlığı Yıllığı). İstanbul: İşaret Yayınları, 2003.
  2. Kahraman, Seyit Ali, Ahmed Nezih Galitekin, Cevdet Dadaş, haz. İlmiyye Sâlnâmesi : Meşîhat-i Celîle-i İslâmiyye’nin Cerîde-i Resmiyyesine Mülhakdır: Osmanlı İlmiyye Teşkilâtı ve Şeyhülislâmlar. İstanbul: İşaret Yayınları, 1998.
  3. Emiroğlu, Kudret, haz. Trabzon Vilayeti Salnamesi. 20? cilt. Trabzon: Trabzon İli ve İlçeleri Eğitim Kültür ve Sosyal Yardımlaşma Vakfı, 1993-.
  4. İzgöer, Ahmet Zeki, haz. Diyarbakır Salnâmeleri: 1286-1323 (1869-1905). 5 cilt. İstanbul: Diyarbekir Büyükşehir Belediyesi, 1999.
  5. Yücel, Ebubekir S. haz. Salname-i Vilayet-i Sivas (Sivas Vilayet Yıllığı). 3 cilt. Sivas: Buruciye Yayınları, 2008.
  6. Emiroğlu, Kudret vs. haz. Ankara Vilayeti Sâlnâme-i Resmîsi: 1325 (1907). Ankara: Ankara Enstitüsü Vakfı, 1995.
  7. 1896 (hicri 1314) Kosova Vilayeti Salnamesi (Üsküp, Priştine, Prizren, İpek, Yenipazar, Taşlıca). İstanbul: Rumeli Türkleri Kültür ve Dayanışma Derneği Yayınları, 2000.
  8. Soydemir, Selman, Kemal Erkan, Osman Doğan, haz. Hicaz Vilâyet Salnâmesi [H.1303/M.1886]: Giriş, Metin, İndeks, Tıpkıbasım (Osmanlıca). İstanbul: Çamlıca, 2008.
  9. Câvid, İbrahim. Aydın Vilâyet Sâlnâmesi (R. 1307 / H. 1308). Ankara: Türk Tarih Kurumu, 2010.
  10. Kocabaşoğlu, Uygur, Murat Uluğtekin, haz. Salnamelerde Kayseri: Osmanlı ve Cumhuriyet Döneminin Eski Harfli Yıllıklarında Kayseri. Kayseri: Kayseri Ticaret Odası, 1998.
  11. Türkoğlu, Ömer. haz. Salnamelerde Çankırı. Kastamonu Vilayeti Salnamelerinde Çankırı (Kengırı) Sancağı (1869 – 1903). Çankırı: Çankırı Valiliği Yayınları, 1999.
  12. Işık, Adnan. Malatya, 1830-1919. İstanbul: Kurtiş Matbaacılık, 1998.
  13. 歴史学研究会編『世界史史料8 帝国主義と各地の抵抗I 南アジア・中東・アフリカ』岩波書店,191-192(守川知子訳・解説「オスマン帝国支配下のイラク(1880年代)」).

【参考文献】

  • Aydın, Bilgin. 2009. “Salnâme.” DİA, 36: 51-54.
  • Findley, Carter V. 1980. Bureaucratic Reform in the Ottoman Empire: The Sublime Porte, 1789-1922. Princeton: Princeton University Press.
  • Duman, Hasan, haz. 1982. Osmanlı Yıllıkları: (Salnameler ve Nevsaller): Bibliyografya ve Bazı İstanbul Kütüphanelerine göre bir Katolog Denemesi. İstanbul: IRCICA.
  • –––, haz. 1999. Osmanlı Salnameleri ve Nevsalleri Bibliyografyası ve Toplu Kataloğu = A Bibliography and Union Catalogue of Ottoman Yearbooks. 2 vols. Ankara: T.C. Kültür Bakanlığı.
  • Kühn, Thomas. 2002. “Ordering the Past of Ottoman Yemen, 1872-1914.” Turcica 34: 189-220.
  • 秋葉淳. 1998. 「アブデュルハミト二世期オスマン帝国における二つの学校制度」『イスラム世界』50: 39-63.
  • 江川ひかり・大河原知樹編. 1995.『国内大学・公立図書館・研究所所蔵オスマン帝国『年報Salname』目録』国際日本文化研究センターユーラシア人口家族史プロジェクト.
  • 佐原徹哉. 2003. 『近代バルカン都市社会史——多元主義空間における宗教とエスニシティ』刀水書房.
  • (2012年8月作成、2014年3月更新)