カラマン語史料Karamanlıca kaynaklar

カラマン語とは、トルコ語をギリシア文字で表記していた正教徒たち(カラマンル)の言語である。彼らは、トルコとギリシア間の住民交換(1923~24年)によってギリシアに移住させられるまで、イスタンブル、イズミル、アナトリア中部(とくにカッパドキア周辺)などに居住していた。ちなみに、カラマンルという呼称は自称ではなく、彼らは自分たちを「(アナトリアの)キリスト教徒」と認識していた (Balta 1990)。以下では、住民交換以降のものについては割愛し、オスマン時代に作成されたカラマン語史料を紹介する。

カラマン語史料には、碑文(墓碑銘)、手稿本、刊行物(新聞、雑誌、書籍)があるが、現存する碑文の数は多くはないため、現在のところ、刊行物に関する研究が主流となっている。なお、現存するカラマン語刊本(六百数十点以上)のうち、1831年以降に出版されたものが8割以上を占める。分類としては、約半数が宗教関連のものであるが、文学作品や啓蒙書も多い (Balta 1998)。カラマン語の手稿本や刊行物は、アテネにある小アジア研究センター(Κέντρου Μικρασιατικών Σπουδών, Centre d’Études d’Asie Mineure)、ゲンナディオス図書館(Βιβλιοθήκη Γεννάδειος, Gennadius Library)、ベナーキー博物館(Μουσείο Μπενάκη, Benaki Museum)をはじめ、ダンバートン・オークス研究図書館(Dumbarton Oaks Research Library)やオクスフォード大学図書館など欧米各地の図書館にも所蔵されている。カラマン語文献の目録としては、小アジア研究センターより発行されたSalaville and Dallegio (1958-1974) やBalta (1987a; 1987b; 1997) が最初に参照されるべきものであり、掲載されている文献の所蔵先も記されている。近年では、世界の各図書館に所蔵されているカラマン語文献を横断的に検索する方法が検討されている (Aytaç 2007)。新聞や雑誌の最新の目録として、Balta (2010b) が刊行された。

カラマン語史料は、主に言語学、文学、書誌学などの観点から利用されてきた。1980年代よりEvangelia Baltaがカラマン語およびカラマンル研究を牽引しており、書誌的研究にとどまらず、そこからカラマンルの人々のアイデンティティを探る研究を行っている(これまでの研究成果の多くは、http://evangeliabalta.com/index.php よりダウンロードできる)。近年においても、カラマンル及びカラマン語刊行物に関する自身の論考を所収した論文集 (Balta 2010a)、第一回国際カラマンル研究会議の報告集 (Balta and Kapper 2010) 、トルコ語話者非ムスリムとギリシア語話者非正教徒に関するワークショップの報告集 (Balta and Ölmez 2011) を刊行した。また、多言語的なオスマン印刷文化の状況について多くの論考があるJohann Straussは、その多言語的文脈の中でカラマン語刊行物を論じている (e.g., Strauss 2003)。19世紀におけるカラマンル最大の文筆家であり、多数の新聞や刊本の発行人でもあったエヴァンゲリノス・ミサイリディス(Ευαγγελινος Μισαηληδης, Evangelinos Misailidis, 1820-89)は、とくに注目されてきた。たとえば、近年ではBalta (2009) があり、日本語でも林 (1987) と吉田 (2009) が紹介している。「最初のトルコ語小説」とも言われる彼の『世界漫遊、あるいは抑圧されるものとするもの』は、現代トルコ語訳が出版されている(1)。

カラマンルの居住・生活地域であった現在のトルコにおいては、碑文(墓碑)が存在しており、カラマン語刊本もボアジチ大学図書館などに所蔵されているが、それらの数は僅かである。ただし、トルコにおけるカラマンル研究は決して低調ではない。オスマン時代以来のイスタンブルやアナトリアの多文化性への社会的関心と並行して、カラマンルに関する概説書 (Anzerlioğlu 2007; İbar 2010) やBaltaの研究成果のトルコ語訳などが刊行されている。また、言語学や書誌学などに関連するトルコ人の論文も数多く存在する。ちなみに、在イスタンブル・ギリシア総領事館に属する文化交流団体Sismanoglio Megaroにおいて、多数のカラマン語文献を所収しているメレティオス・サクリディ(Μελετίου Σακκουλίδη, Meletios Sakulidis)の蔵書コレクション(約3万冊)が整理中であり、デジタル化も進められている(http://www.sismanogliomegaro.com/Di%C4%9Fer-Etkinlikler/press-release-father-meletios-sakkoulides-library-28022011.html)。

カラマン語はもはや失われた言語であり、その使用者だったカラマンルの人々も移住によってほとんどアイデンティティが失われてしまった。しかし、カラマンルは、トルコ人とギリシア人、イスラームとキリスト教の複雑な交流の歴史を示唆するユニークな存在であり、それゆえにこそ重要な研究対象である。しかし、彼らのコミュニティや社会活動についてはいまだ不明な点が多い。実際、カラマンル研究のためにはカラマン語史料だけでは不十分であり、最後に、カラマンルに関するカラマン語史料以外の史料についても言及しておく。オスマン史研究の基本史料ともいえる首相府オスマン文書館所蔵の文書は、オスマン政府が宗教・宗派で臣民を区別していたため、利用が難しい。それでも、オスマン文書を使った研究は、Renieri (2002)、Balta (2011) などによって試みられている。そのほかには、ヨーロッパ諸語の旅行記も活用することができる。

(吉田達矢)

【史料】

  1. Misailidis, Evangelinos. 1986. Seyreyle Dünyayı: Temaşa-ı Dünya ve Cefekâr-u Cefakeş. Translated by Robert Anhegger and Vedat Günyol. İstanbul: Cem Yayınevi.

【参考文献】

  • Anzerlioğlu, Yonca. 2007. Karamanlι Ortodoks Türkler. Ankara: Phoenix Yayınevi.
  • Aytaç, Selenay. 2007. “How to Catalog Karamanlidika Works?: Samples of Bibliographic Descriptions of Karamanlidika Works from Academic Library Online Catalogs”. In Değişen Dünyada Bilgi Yönetimi Sempozyumu, 24-26 Ekim Ankara. Bildiriler, ed. Yaşar Tonta and Umut Al, 261-267. Ankara: Hacetepe Üniversitesi Bilgi ve Belge Yönetimi Bölümü.
  • Balta, Evangelia. 1987a. Karamanlidika Additions (1584-1900): Bibliographie analytique. Athènes: Centre d’Études d’Asie Mineure.
  • –––. 1987b. Karamanlidika ⅩⅩe siècle: Bibliographie analytique. Athènes: Centre d’Études d’Asie Mineure.
  • –––. 1990. “Anadolulu Türkofon Hıristiyan Ortodoksların “Ulusal Bilinç”lerini Araştırmaya Yarayan bir Kaynak Olarak Karamanlıca Kitapların Önsözleri”. Tarih ve Toplum 13(74): 18-20.
  • –––. 1997. Karamanlidika: Nouvelles additions et complements Ⅰ. Athènes: Centre d’Études d’Asie Mineure.
  • –––. 1998. “Karamanlıca Kitapların Dönemlere Göre İncelenmesi ve Konulara Göre Sınıflandırılması”. Müteferrika 13:3-19 (Originally published as: “Periodisation et Typologie de la Production des Livres Karamanlis,” Δελτιο Κεντρου Μικρασιατικων Σπουδων 12 (1997-98): 251-275).
  • –––. 2010a. Beyond the Language Frontier: Studies on the Karamanlis and the Karamanlidika Printing. Istanbul: the Isis Press.
  • –––. 2010b. “Catalogue of the Karamanlidika Press.” In Balta 2010a, 123-133.
  • –––. 2011. “Tracing the Presence of the Rum Orthodox Population in Cappadocia: the evidence of Tapu Tahrirs of the 15th and 16th centuries.” In Balta and Ölmez 2011, 185-214 (http://evangeliabalta.com/kitap/21_cha.pdf#search=’evangelia balta 2011 pdf’).
  • Balta, Evangelia and Matthias Kappler, eds. 2010. Cries and Whispers in Karamanlidika Books: Proceedings of the First International Conference on Karamanlidika Studies (Nicosia, 11th-13th September 2008). Wiesbaden: Harrassowitz Verlog.
  • Balta, Evangelia and Mehmet Ölmez, eds. 2011. Between Religion and Language: Turkish-speaking Christians, Jews and Greek-speaking Muslims and Catholics in the Ottoman Empire. İstanbul: Eren.
  • İbar, Gazanfer. 2010. Anadolu Hemşehrilerimiz: Karamanlılar ve Yunan Harfli Türkçe. İstanbul: Türkiye İş Bankası Kültür.
  • Renieri, Irini. 2002. “Household Formation in 19th Century Central Anatolia: The Case Study of a Turkish-speaking Orthodox Christian Community”. International Journal of Middle East Studies 34:495-517.
  • Salaville, Sévérien and Eugène Dallegio, eds. 1958-1974. Karamanlidika: bibliographie analytique d’ouvrages en langue Turque imprimès en caractères Grecs. 3 vols. (1584-1850; 1851-1865; 1866-1900), Athènes: Centre d’Études d’Asie Mineure.
  • Strauss, Johann. 2003. “Who Read What in the Ottoman Empire (19th–20th Centuries)?” Arabic Middle Eastern Literatures 6(1): 39-76.
  • 林佳世子1987.「『世界漫遊』とカラマン文学のことなど」『トルコ文化研究』2:39-48.
  • 吉田達矢2009.「カラマン・トルコ語逐次刊行物『東方の諸学に関する学校』に関する一考察」『明大アジア史論集』13: 98-110.

(2012年3月作成)

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