エヴリヤ・チェレビ『旅行記』 Evliyâ Çelebi Seyâhatnâmesi

エヴリヤ・チェレビ(1685年頃歿)の『旅行記』は、彼がオスマン帝国のほぼ全域とその周辺諸国を周遊した旅の記録である。オスマン語で書かれた全10巻(約3,500頁)のこの著作は、旅程の記録のほか、各地の地誌や見聞・体験等の様々な情報を伝えている。イブン・バットゥータ(1368-69年頃歿)の『大旅行記』と並ぶ中東・イスラーム世界の代表的な旅行記・文学作品であると同時に、近世オスマン帝国の地方史や社会史などの諸研究における重要史料のひとつである。

1611年3月25日、首都イスタンブルにおいてトルコ系ムスリムのエリート家系に生まれたエヴリヤ・チェレビは、1636年までイスタンブルの教育機関においてイスラーム諸学の習得に努めた。その後、スルタン・ムラト4世(在位1623-40年)の許しを受けて宮廷に入り、スルタンの側近(musâhib)として仕えつつ、書道や音楽といったあらゆる分野の教育を受け、1638年には常備軍騎士(sipâh)に任命された。彼が旅を開始したのはその後の1640年である(ただしイスタンブルの散策・調査は1630年代に行われた)。ときには単独で、ときには軍政官等の赴任や行軍に同行しつつ、アナトリア、バルカン、シリア、カフカースの各地を周遊し、さらにはイラン、オーストリア、ポーランド、クリミア、ロシアなどの周辺諸国をも訪れた。そして1671-72年にはイスタンブルから西南アナトリアやシリアを経由してメッカ巡礼を行った。その後、エジプトのカイロに入り、そこからナイルデルタやヌビア地方などを訪れ、1673年に再びカイロに到着して33年に及ぶ旅を終えた。『旅行記』は晩年にカイロで執筆され、巡礼監督官オズベク・ベイ(Özbek Bey)の邸宅に所蔵されたのち、1742年にイスタンブルのトプカプ宮殿に移送され、幾つかの写本が作成された。なお、著名は写本によって異なり、『旅人の歴史(Târîh-i Seyyâh)』、『旅行記』、『エヴリヤ・チェレビの旅行記』のように記されているが、現在では一般に後二者の名称が用いられている。

『旅行記』全10巻のうち第1巻と第10巻の多くの部分は、それぞれ故郷のイスタンブルと旅の終着地であるカイロに関する記述で占められている。第2巻から第9巻のうち第3・5巻を除く各巻をみると、第2巻はアナトリア、第4巻はサファヴィー朝との国境地帯、第6巻はハンガリー、第7巻はオーストリアとの国境地帯、第8巻はギリシアの旅に関する記述が中心であり、第9巻はメッカ巡礼に充てられている。また、第2・3・5巻の末尾には彼の「武勇伝」的性格をもつ逸話が挿入されている。例えば第2巻には大盗賊として知られるカラ・ハイダルオール(Kara Haydaroğlu)との面会に関する記述がある。このように『旅行記』の全体と各巻の構成には一定の秩序がみられる。

『旅行記』は単なる旅の記録ではなく、各地の地誌や歴史、著者個人の体験・見聞・思想、奇譚・伝承などが混在したかたちで叙述されている。そのうち都市間の移動や地誌については一定の様式に従って比較的簡潔に情報が列挙されており、その内容は概ね事実に忠実といえる。他方、歴史や個人の体験などの叙述にはそうした様式はみられず、むしろ内容に応じて文学的・口語的表現を多用する傾向がみられ、内容に創作や誇張が含まれていることも少なくない。

都市の多面的かつ詳細な描写を重視していることが『旅行記』の重要な特徴のひとつである。第1巻と第10巻の主な舞台であるイスタンブルとカイロだけでなく、訪れた殆どの都市について、その地形や気候、歴史、都市名の由来・別称、統治機構、街区のほか、城砦、家屋、モスク、学校、浴場、泉、庭園、墓地、聖地などの建物や名所、市場や店舗・工房といった商工業に関する事柄、さらには人々の服装や振る舞い、慣習、食文化、言語・方言、名士、聖者伝などに至るまで詳細に記録されているのである。こうした『旅行記』の内容の多様性は、前述のように様々な分野で高度な教育を受けた著者の出自に由来すると考えられる。

現存する数種類の『旅行記』写本のうち、最も重要なのはエヴリヤ・チェレビ自身の手によって執筆・作成されたオリジナルのテキストであり、その第1巻から第8巻はトプカプ宮殿図書館に所蔵されている。第9・10巻のオリジナルは現存しておらず、トプカプ、スレイマニイェ、イスタンブル大学の各図書館に所蔵された3種の写本がそれに近い内容を持つと考えられている(写本の詳細はDankoff & Tezcan 2011; 2012を参照)。これらの一部は複写版が公刊されており(Evliyâ Çelebi 1989-93; 2014)、ラテン文字転写版は全巻で公刊されている(Evliyâ Çelebi 1996-2007; 2011b)。後者には僅かながらも注釈があり、第9・10巻については先述のオリジナルに準ずる3写本をめぐる比較・分析がなされている。可能な限り現物や複写版を参照すべきではあるが、参照の簡便さや転写・校訂の質などを考えると、少なくとも現時点では上記の転写版が最良の『旅行記』と言えるのではないだろうか。なお、この転写版の公刊以前は、オスマン語刊本であるEvliyâ Çelebi (1896-1901) が史料や翻訳の底本として広く用いられたが、多くの誤りがみられるため利用には注意を要する。

エヴリヤ・チェレビ及び『旅行記』に関する研究はとりわけ1980年代末以降大きく進展し、それに伴って工具や事典項目、研究文献なども次第に揃いつつある。個々の文献については、2011/2012年までの関連研究を網羅した文献目録であるDankoff & Tezcan (2011; 2012) 及び2011年までの研究動向をまとめたTezcan (2011)、近年の研究動向である森 (2014) を参照されたい。エヴリヤ・チェレビの生涯や人物像、『旅行記』の概要を知るには、まずİlgürel (1995), Tezcan (2009b) などの事典項目が有用である。さらに踏み込んだ内容についてはDankoff (2002; 2004), Kreiser (2005), Mackay (2007), Şavk (2011), 藤木 (2014) などがある。『旅行記』の読解に有用な文献としては、記述の主な内容と対応箇所(巻・頁)をまとめたDankoff & Kreiser (1992) と、用語集であるDankoff (1991; 2008) が重要であろう。

なお、エヴリヤ・チェレビ生誕400年にあたる2011年とその前後の時期には、トルコ国内において関連するシンポジウムが相次いで開催され、多数の研究文献が刊行された。その主な成果としてTezcan (2009c), Koz (2011), Akçay (2012), Yılmaz (2012) などの報告書・論文集がある。また、近年は後述する『旅行記』の信憑性や情報源をめぐる研究において著しい進展がみられ、それに伴って『旅行記』の史料的価値が再評価されている。さらにDankoff (2004) のように、『旅行記』にみられる創作・誇張を単なる偽装や史料的欠陥とするのではなく、そこからオスマン知識人の価値観・心性・創造力を積極的に看取しようとする研究も現れている。

日本では三橋 (1968) によってエヴリヤ・チェレビと『旅行記』が初めて紹介され、以後、歴史的・史料的重要性から小山 (1991), 鈴木 (1992), 三沢 (2002) のように中東・イスラーム世界史に関する辞典・事典のなかで度々取り上げられてきたが、それらを正面から扱った研究は殆ど行われてこなかった。近年、『旅行記』第10巻に記されたアラビア語文献を分析したTakamatsu (2012) のほか、経歴や旅程の概要、旅の性格を検討した藤木 (2014)、前述の研究動向である森 (2014) が出たが、依然としてその本格的な検討は日本のオスマン史研究における重要な課題のひとつといえよう。

『旅行記』を史料として用いる際にまず留意すべきは、その全10巻という記述の長大さであろう。本文には随所に見出しや標題に相当するものが付されているが、これらに目を通すだけでも相当な時間と労力を要する。そのため先述のDankoff & Kreiser (1992) やラテン語転写版巻末にある索引、先行研究の典拠などを手がかりとして、事前に記述箇所の当たりを付けておく必要があるだろう。ただし『旅行記』では固有の表現や叙述スタイルが多用されており、記述の一部のみを効率良く正確に読解することは極めて困難である。そこで部分的な英訳を収載したDankoff (2004), Evliyâ Çelebi (2011a) を参照しつつ、その表現や叙述スタイルに慣れることが重要であろう。なお、英訳には特定地域の記述に的を絞ったものとして、ブリル社のシリーズ “Evliya Çelebi’s Book of Travels: Land and People of the Ottoman Empire in the Seventeenth Century” に属するEvliyâ Çelebi (2012; 2013a) などもある。『旅行記』は英語以外にも幾つかの言語に訳されており、なかでも前述のラテン文字転写版と合わせて刊行された現代トルコ語訳(Evliyâ Çelebi 2005-11; 2013b)が有用であるが、現代トルコ語訳として不充分な箇所も散見される。また、邦訳の作成・刊行は重要な課題として残されており、現時点では藤木 (2014) が若干の部分訳を収載しているに過ぎない。

その他に留意すべき点として記述内容の信憑性をめぐる問題がある。『旅行記』には歴史的事実や日付・人名等に関する誤りに加えて、意図的な創作や誇張と見做し得る記述が多数存在し、これまでにもBeckingham (1993), Mackay (2009) などの諸研究によって指摘・検討されてきた。これまでに良く知られた創作としては、1663年に4万のタタール騎兵と共にヨーロッパを襲撃したとする記述(第6巻)や、1664-65年に神聖ローマ皇帝から通行証を取得し、西欧・北欧を周遊したとする記述(第7巻)が挙げられる。こうした誤りや創作・誇張に対処するためには上記の諸研究に加えて、近年進展の著しい『旅行記』の情報源に関する研究(Karateke & Aynur 2012, Oğuz & Özay 2012)が有用であろう(情報源に関する両文献については森 2014を参照)。なお、時間や距離、建物の数といった数値も誇張される傾向にあり、これについてはDankoff (2004: 154-158) を参照されたい。

以上のように『旅行記』は史料として重要な問題を孕んでいるものの、17世紀オスマン帝国とその周辺地域における、とりわけ都市を中心とする多様かつ貴重な情報を含んでおり、都市史、建築史、社会史などを扱う研究者の注目を集めてきた。例えば代表的なイスタンブル史研究であるMantran (1962) は、主に第1巻の「行列」に関する記述に依拠して17世紀イスタンブルの商工業や同職組合を検討した。その他にもイスタンブル建築史研究のDemircanlı (1989) や、近年ではÖcalan (2008) のブルサ研究、Haridy (2011) のエジプト研究、商工業・同職組合に関するFaroqhi (2009) などがある。また、近年はエヴリヤ・チェレビ及び『旅行記』に関する研究の進展と並行して、前述のDankoff (2004) を始めとする近世オスマン知識人の心性・世界観を読み解く研究や、Tezcan (2009a), Dankoff (2005) のような『旅行記』の文学史的考察も進められている。さらに食文化に関するYerasimos (2011) や都市の庭園を扱ったAtasoy (2007) など、文化史研究の史料としても活用されている。『旅行記』を主な史料とした邦語研究文献には、近世アナトリアの移動と旅をめぐる永田 (1978) や神秘主義・聖者信仰に関する今松 (2005) などがある。

(藤木 健二)

【刊行史料】

  • Evliyâ Çelebi. 1896-1901. Evliyâ Çelebi Seyâhatnâmesi. 10 vols. İstanbul: İkdâm Mtba‘ası/Devlet Matba‘ası.
  • —. 1989-93. Evliya Çelebi Seyahatnamesi: I. Kitap: İstanbul: Topkapı Sarayı Bağdat 304 Yazmasının Tıpkıbasımı. Edited by Şinasi Tekin and Gönül Alpay Tekin. 2 vols. Cambridge, Mass.: Harvard Üniversitesi Basımevi.
  • —. 1996-2007. Evliya Çelebi Seyahatnamesi. Edited by Seyit Ali Kahraman, Yücel Dağlı, Robert Dankoff, Zekeriya Kurşun and İbrahim Sezgin. 10 vols. İstanbul: Yapı Kredi Yayınları.
  • —. 2005-11. Günümüz Türkçesiyle Evliya Çelebi Seyahatnâmesi. Edited by Seyit Ali Kahraman and Yücel Dağlı. 10 vols. İstanbul: Yapı Kredi Yayınları.
  • —. 2011a. An Ottoman Traveller: Selections from the Book of Travels of Evliya Çelebi. Translated by Robert Dankoff and Sooyong Kim. London: Eland.
  • —. 2011b. Evliya Çelebi Seyahatnamesi. Edited by Seyit Ali Kahraman, Yücel Dağlı, Robert Dankoff, Zekeriya Kurşun and İbrahim Sezgin. 2 vols. İstanbul: Yapı Kredi Yayınları.
  • —. 2012. Evliyā Çelebī in Medina: The Relevant Sections of the Seyāhatnāme. Edited by Nurettin Gemici. Translated by Robert Dankoff. Leiden: Brill.
  • —. 2013a. Evliya Çelebi’s Journey from Bursa to the Dardanelles and Edirne from the Fifth Book of the Seyahatname. Edited and Translated by Hakan T. Karateke. Leiden: Brill.
  • —. 2013b. Günümüz Türkçesiyle Evliya Çelebi Seyahatnâmesi. Edited by Seyit Ali Kahraman. 2 vols. İstanbul: Yapı Kredi Yayınları.
  • —. 2014. Seyâhatnâme (İndeksli Tıpkıbasım). Edited by Seyit Ali Kahraman. 6 vols. Ankara: Türk Tarih Kurumu.

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  • 鈴木董. 1992.「エヴリヤ・チェレビーにみる都市」『事典イスラームの都市性』板垣雄三, 後藤明編, 71-72. 亜紀書房.
  • 永田雄三. 1978.「オスマン帝国時代アナトリアの旅」『月刊シルクロード』6: 18-22.
  • 藤木健二. 2014.「近世オスマン帝国の旅と旅人 ―エヴリヤ・チェレビーを中心に」『地中海世界の旅人 ―移動と記述の中近世史』長谷部史彦編, 137-156. 慶應義塾大学出版会.
  • 三沢伸生. 2002.「エヴリヤ・チェレビー」『岩波イスラーム辞典』大塚和夫、小杉泰、小松久男ほか編, 211-212. 岩波書店.
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(2015年3月作成)

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