法令集Düstur(タンズィマート期以降)

タンズィマート期以降、オスマン政府が編纂した法令集。末期オスマン帝国の法制を知るための最重要の史料の一つである。Düsturというタイトルの法令集が最初に刊行されたのは1863年2月のことであり、当時タンズィマート高等評議会委員のジェヴデト・パシャ(著名な歴史家、法律家)の尽力によって、また、彼の命名によって刊行された(1)。その後1866年4月に初版刊行後に無効となった法令を削除し、新たに制定された法令を加えた増補第2版が編纂された(2)。この2巻のDüsturは研究者の間でよく知られているとは言い難いが、例えば第2版には1864年のトゥナ州法が掲載されているなど、利用価値も高い。一般に第1集(tertib-i evvel)と知られる4巻とその補遺4巻(3)は、1872/3年から1884年にかけて刊行されたもので、厳密に言えば改訂第3版と言うべきである。ここまでのDüsturは、刊行時に効力のある法令を掲載することが原則だったため、第1集(第3版)にも初版や第2版のDüsturに掲載されている法令が再録されていることがあるが、他方で、刊行時に既に効力を失っていた法令は掲載されていないことに注意すべきである。なお、最初のDüstur以前に、1851年にタイトルのない法令集(4)(Özege (1971-79, 3:1053) は仮にMecmua-i Kavanin ve Nizamatというタイトルで項目を立てている)が刊行されており、ここにしかない法令も存在するので貴重な史料である。 第1集は1884年の補遺第4巻を最後に第二次立憲政期に至るまで刊行が停止された。その理由については、1892年の官報発刊停止、1902年の帝国印刷局閉鎖などとの関連が考えられるが、未詳である。第二次立憲政期に編纂された法令集は第2集(tertib-i sani)と呼ばれ、1911年から1927年にかけて12巻刊行された(5)。第2集は第1集と異なり、1908年の革命後に出されたすべての法令を掲載している一方で、それ以前の法令で当時効力のあったものは収録されていない。第1集と第2集の間を埋めるものとして、1917年にMütemmimと題する法令集が刊行された(6)。これは、1871年から1907年の期間に制定され、1917年の時点でその全部または一部が効力のある法令・規則を収載している。空白期に関するより包括的な法令集は、共和国期になって1937年から1943年にかけてアンカラで現代トルコ語表記で出版されたDüstur第1集第5~8巻であり(7)、1884年から1908年7月までに制定された法令や規則を制定の日付順に網羅的に収録している。

Düsturを利用する際に注意しなければならない点としては、第一に、Düsturに掲載された法令は、その公布から時が経過しており、最初に公示されたテキストではないということである。第二次立憲政期の法令は全て、また、それ以前のものも多くは、まず官報Takvim-i Vekayiに掲載されることをもって公示されている。また、多くの法令が単独で小冊子の形で刊行されている。よって、とくに解釈に疑義の生ずるような場合には、それらと法令集中のテクストを比較検討したほうがよいだろう。もちろん、法の利用という観点からすれば、当時の法曹や官僚が参照していたのがまさにDüsturであることから、必ずしも初出のテクストにこだわる必要はない。なお、外国語による法令集も存在するので、法文を解釈する際の参考とすることができる。Aristarchi Bey(8)及びYoung(9)のフランス語法令集はよく知られているが、それ以外にアラビア語、ギリシャ語、アルメニア語、カラマン語などでも法令集が存在する。特定の法令については、公式訳を各国文書館で見いだすこともできる(英国の Parliamentary Papers は代表的)ほか、同時代または後代に出版された翻訳もある。第二の注意点は、法令集に収録されなかった法令も多く存在するという点である。1863年以前(最初の無題の法令集も含めれば1851年)に既に無効となっていた法令(例えば1840年刑法)や1884年以前の軍事関連の法令(1846年、1869年の徴兵令など)、あるいは内規や細則にあたるようなものや大宰相令、通達の類いなどは法令集の収録の対象になっていない。これらについては、官報や独立の小冊子のほか、Düstur-i Askeriなどの特定の分野の法令集(10)、私撰法令集(11)、裁判所報Ceride-i Mahakim, Ceride-i Adliye、通達類の集成(12)、文書史料などにあたる必要がある。第三の注意点は、法令を扱う研究者なら誰しも承知していることであろうが、個々の法令のテキストのみを見ているだけではわからないことも多い、という問題である。つまり、ある法令の成立過程や施行の実情などについては、文書史料や、議会が機能している時期であれば議会議事録その他を利用して初めてわかることが多い。

Düstur所収の法令の索引は、近年Tarih Vakfıから2巻本で刊行された (Sağlam 2006a; 2006b)。これはDüsturの第1集(アンカラ版第5−8巻含む)と第2集に収められた法令の現代トルコ語転写のタイトルを法令集記載順に一覧化したものである。同様の索引は、Türk Hukuk Tarihi Araştırmaları誌にも掲載されている (Akman 2007a; 2007b)。これらによって第1集、第2集の検索は容易になったが、当然これらに収録されていない法令の所在は検索できない。その点、トルコ共和国成立期に刊行された、Ahmed Ziya (1340) はより網羅的で、タンズィマート以降に公布された法令、規則類をDüstur からだけでなく、官報、裁判所報、私撰法令集、独立形態の刊行物などからも収拾しているが、稀覯書である(現代トルコ語版もあるがこれも地方出版のため稀覯書)。なお、これに先立って、第1集とその補遺を対象とする索引が『アイドゥン州年鑑』第3巻中にあり (İbrahim Cavid 1308; 2010)、他に Orpilyan (1322)としても刊行されている。また、オスマン時代に刊行された二つの法律辞典は、ともに法令のインデックスという機能をもっている(Karavokiros 1310; Andonyadi 1310)。第二次立憲政期にDüstur編纂の任にあった Karakoç Sarkisは、青年トルコ革命以前に公布された法令や条約を網羅的に集めたが出版されることなく、現在Külliyat-ı Kavaninとしてトルコ歴史協会図書館に所蔵されている。近年トルコ歴史協会からその索引が出版されたが (Sarkis 2006)、アブデュルハミト二世時代の法令に関してアンカラ版Düstur第1集へのクロスレファレンスがない点が不便である。

Düsturは、タンズィマート以後(とくに1860年代以降)の制度史を研究するためには必ず参照しなければならない出発点である。代表的なものとして、官僚制改革に関するFindley (1980) においてDüsturは多用されている。日本語では秋葉 (1998) が好例。また、土地法やメジェッレなど特に重要な法令についてはオスマン時代から数多くの注釈が出され、現代の研究も存在する。特定のテーマに関して、Düsturに収録された(あるいは、収録されていない)法令の現代トルコ語転写を集め、解説を付した資料集もトルコで出版されており、有用である。そのほか、個々の法令の翻訳も、さまざまな形で公刊されており、解釈に疑問がある場合に参考になる。

(秋葉淳)

【史料】

  1. Düstur. [İstanbul], 1279.
  2. Düstur. [İstanbul]: Matba’a-i Âmire, 1282 [1866].
  3. Düstur. 4 vols. and 4 suppls. İstanbul: Matba’a-i Âmire, 1289-1302.(第4巻には第二版、三版があり、第二版のみ版が異なる。また、補遺第1巻にも版の異なる第二版がある)
  4. [Mecmua-i Kavanin ve Nizamat]. [[İstanbul]: Takvîmhâne-i Âmire, 1267 (1851).
  5. Düstûr: Tertîb-i Sânî. 12 vols. İstanbul: Matba’a-i Osmaniyye, 1329 (1911)-1927.
  6. Mütemmim. Dersaadet: Hilâl Matba’ası, 1335/ 333 (1917).
  7. Düstur: Birinci Tertib. 5-8 vols. Ankara: Başvekâlet Devlet Matbaası, 1937-43.
  8. Aristarchi Bey. Legislation ottomane, ou, Recueil des lois, reglements, ordonnances, traites, capitulations et autres documents officiels de l’Empire ottoman. 5 vols., Constantinople, 1874-78.
  9. Young, George. Corps de droit ottoman. 7 vols. Oxford: Claredon Press, 1905-06.
  10. Düstur-ı Askerî. İstanbul, 1286/1287 (1871).
  11. Adanalı Kasbaryan Arisdakis. Mecma’-i Lâhika-i Kavânîn. İstanbul: Artin Asaduryan Şirket-i Mürettebiyye Matba’ası, 1311.
    –––. Mâba’d-i Lâhika-i Kavânîn Yâhûd Mecma’-i Kavânînin İkinci Cildi. İstanbul: A. Asaduryan Şirket-i Mürettebiyye Matba’ası, 1312.
    –––. Zeyl-i Lâhika-i Kavânîn Yâhud Mecma’-i Kavanîn’in Üçüncü Cildi, 2 vols. İstanbul: Ma’lûmât Matba’ası, A. Asaduryan Şirket-i Mürettebiyye Matba’ası, 1313-15.
    –––. Cüzdân-ı Kavânîn-i Osmâniyye. A. Asaduryan Şirket-i Mürettebiyye Matba’ası, 1312.
  12. Abdurrahman Hakkı, Muharrerât-ı Sâmîye ve Adlîye. 1 ed., 3 Kısım, 1299-1302; 2nd ed. 1. Kısım, 1-2 Cild; 2. Kısım, 1-2 Cild, 1307-1311.

【参考文献】

  • Ahmed Ziya. 1340. Rehber. İzmir: Nafiz Mustafa Matbaası.
  • Akman, Mehmet. 2007a. “Tanzimat’tan Cumhuriyet’e Osmanlı Hukuk Mevzuatı I: I. Tertip Düstûr’un Tarihî Fihrist ve Dizini.” Türk Hukuk Tarihi Araştırmaları 3: 67-224.
  • Akman, Mehmet. 2007b. “Tanzimat’tan Cumhuriyet’e Osmanlı Hukuk Mevzuatı II: II. Tertip Düstûr’un Tarihî Fihrist ve Dizini.” Türk Hukuk Tarihi Araştırmaları 4: 41-368.
  • Andonyadi, Toma. 1310. Kamûs-ı Kavânîn. İstanbul: Mahmud Bey Matba’ası.
  • Findley, Carter V. 1980. Bureaucratic Reform in the Ottoman Empire: The Sublime Porte, 1789-1922. Princeton: Princeton University Press.
  • İbrahim Cavid. 1308. “Fihrist-i Düstûr.” Aydın Vilâyetine Mahsûs Salname 3: 1-21.
  • –––. 2010. “Fihrist-i Düstûr.”In Aydın Vilayet Salnamesi (R.1307 / H.1308), ed. Murat Babuçoğlu, Cengiz Eroğlu and Abdülkerim Şahin, 857-876. Ankara: Türk Tarih Kurumu.
  • Karavokiros, Mitiyadi. 1310. Lûgat-ı Kavânîn-i Osmaniyye. 2 vols. İstanbul: A. Asaduryan Şirket-i Mürettebiyye Matba‘ası.
  • Orpilyan, Sarkis. 1322. Fihrist-i Düstûr. İstanbul: Karabet Matba‘ası.
  • Sağlam, Mehmet Hakan. 2006a. I. Tertip Düstûr Kılavuzu: Osmanlı Devlet Mezvûatı (1839-1908). İstanbul: Tarih Vakfı Yurt Yayınları.
  • –––. 2006b. II. Tertip Düstûr Kılavuzu: Osmanlı Devlet Mezvûatı (1908-1922). İstanbul: Tarih Vakfı Yurt Yayınları.
  • Sarkis, Karakoç. 2006. Külliyât-ı Kavânîn. 2 vols. Edited by Mehmed Akif Aydın et al. Ankara: Türk Tarih Kurumu.
  • 秋葉淳 1998. 「オスマン帝国近代におけるウラマー制度の再編」『日本中東学会年報』13:185-214.

(2012年3月作成、2012年8月更新)