イスラーム地域研究史資料検索Q&A
中東・湾岸諸国 南アジアアラビア文字諸語 アラビア語 ペルシア語
以下は、2014年度「卒論を書くための情報検索リテラシーセミナー」(2014/8/5)応募時のアンケートでいただいた質問への回答です。(徳原靖浩編集)
Q.近現代の資料の検索方法
A.近現代に生み出された資料(一次資料):図書や雑誌の出版年による絞り込みでは、前近代の資料で近代以降に出版されたもの(複製や校訂など)もヒットしてしまう。具体的な著者名や、件名(国名、主題など)を手がかりに検索する。それらのキーワードを知るためには、近現代史などを参照して情報を集める。
分類記号から検索する場合、日本十進分類法9版(NDC9)では、西南アジアの歴史は227(NDC8以前では226【近東】と228【アラブ諸国・イスラエル】)にまとめられているが、時代区分はない。思想史の場合、「アラビア近代哲学」は129.7に分類(「イスラム」は167)されているが、「イスラム哲学全般」も129.7に収めることになっている。アラビア中世哲学は西洋史の一区分となっており132.28。このあたりの実際の分類は図書館のローカルルールにかなり左右されている。DDC23(デューイ十進分類法23版)では、地域毎に時代区分がなされており、例えば中東の歴史は956、その中で第一次中東戦争(Israel-Arab War, 1948-1949)は956.042、となっている。
近現代に関する研究文献(二次資料):基本的な検索方法は一次資料と同じだが、具体的なテーマで刊行される欧文ジャーナルなどにも目を通す。
Q.研究や資料の地域による特性や注意点
A.イスラーム地域の前近代の資料では、写本(手稿本)や文書(材質は紙、獣皮紙、パピルス)が代表的である。現在写本の海外持ち出しを禁じている国が多いため、日本国内で見ることのできる写本は限られているが、欧州(英、独、仏、ロシアなど)の国立図書館には19世紀以前に現地で収集された写本が所蔵されている。公文書の類は、王朝の滅亡などによって散佚してしまうことが多く、ファーティマ朝期より以前のものは少ない。オスマン帝国、マムルーク朝、サファヴィー朝など、現在の国と連続性を有する近世国家などの公文書は、現地の文書館にまとまって保存されているものが多い。そのほか、貨幣や碑文なども史料として用いられる。近年は現地の国立図書館・文書館などでデジタル化した写本の公開が進んでいる。
近代以降の刊本(写本を校訂したもの)は、日本で収集されるものはカイロ、ダマスカス、ベイルート、テヘラン、イスタンブルで出版されたものが多く、他のアラブ諸国や地方で出版されたものは、海外に出回らず、出版部数も少ないことが多いが、リプリントが頻繁に行われる。研究の質としては、伝統的に理論・分析よりも大量の資料を渉猟して得られる事実の提示に重きをおくものが多く、地域によっては先行研究を無視して似たような本が頻繁に出ることもあるため、玉石混淆である。優れた研究書を見つけるには、新聞や雑誌の書評、現地研究者の口コミなどに頼るのがよい。
Q.史料の扱い方
A.写本(叙述資料・テキスト)や文書史料は基本的に一点ものであり、大量複製技術が普及した近代以降の書物とは異なる生産・流通経路をもち、異なる読まれ方をしていたことを念頭に置かなくてはならない。また、史料に書かれていることをそのまま事実として鵜呑みにするのではなく、そのように書かれたことの意味や、それが通用する歴史的文脈を考える必要がある。具体的には清水[1994]、林・枡屋[2005]などを参照。
Q.資料を読むときのコツ
A.研究の対象である一次資料については、様々な解釈の可能性を考えながら、丁寧に読む必要がある。二次資料についても丁寧に注意深く読むに越したことはないが、特定の目的(論文執筆)があるときは、自分の必要とする情報が書かれているかどうかを見るようにすれば、幅広く沢山の文献を見ることができる。但し序文や全体の文脈にも留意しておく。後藤[1997]、住原・箭内・芹澤[2001]の第3章など参照。
Q.語学の優先順位、大学院進学までに到達すべき段階
A.どの言語が必要かは、地域や資料の言語による。イスラーム地域の研究を行う上で現地の共通語の習得は必須条件といえる。地域によっては、旧宗主国の言語や隣接地域の言語、旧ソ連圏であればロシア語が必要になることもある。複数の公用語がある地域や、方言が重要となる研究分野もあるだろう。歴史的研究では、ヨーロッパの東洋学の成果を参照するため、英語の他にフランス語やドイツ語の文献が必要になることが多い。
Q.手書きのアラビア文字の読み方
A.手書きのアラビア文字用の辞書はないので、アラビア/ペルシア書道の書体の研究書や練習帳、写本学の入門書などを見ると良い。また、写本のファクシミリや写真版と、活字で校訂された版を見比べながら読み、書体のパターンをつかむことも、手書き文字に慣れるための近道である。
Q.時代による単語の意味の変遷
A.①英語のOEDのような、過去の文献における用法を記録した辞典を参照する。アラビア語では、Edward William Lane, Arabic-English Lexicon、R. Dozy, Supplément aux dictionnaires arabesなど。ペルシア語ではデホダーDehkhodāのLoghatnameなど。これらはどれもネット上で参照できる。Lisān al-ʿArab(14世紀)、Muḥīt al-Muḥīt(19世紀)などの亜=亜辞典もそれぞれの時代の語義をしる手がかりとなる。
②専門用語の場合は当該分野の辞書・語彙集を探す。
③辞書ではなく研究書でその語彙について解説しているものを探す。
④色んな時代の資料でその語彙を探す(索引があるものを活用する)。
Q.検索して見つけた研究や資料の質や信頼性を知る方法
A.信頼に値する研究であれば、多くの研究書で引用されている。その文献に対する批評などを見る。そのほか、①一つ一つの事実を叙述するにあたって典拠が正確に示されているか。②論述が論理的か。③論文かどうか。あるいはエッセイやコラムのような文章か。④書いている人は専門家か。⑤訳者は翻訳家か、研究者か。⑥信頼に値する出版者か、個人出版か。などの点を総合して判断する。ただしこれらの内のどれか一つの条件によってその本の信憑性が決められる訳ではない。
Q.古い欧米の研究文献、ジャーナルが大学図書館に見当たらない場合
A.①歴史のある図書館ほど、古くから資料を収集しており、OPACに登録されていない資料が存在する可能性も高い。OPACに登録されていない資料の有無を図書館員に確認する。CiNiiで探せない国会図書館や早稲田・慶應の蔵書も調べる。②自分の大学にない場合はILLを利用する。海外ILLも活用する。③古いものはデジタル化されて公開されている場合もある。archive.orgなどで探す。
Q.現地語文献を論文に使う場合、典拠の明示が必要か
A.日本の新書などでは典拠を明示しないことがあるが、研究論文では、欧文文献であれ現地語文献であれ、出典・典拠を示すのがルール。典拠を示さなければ、それが一般的に受け入れられている事実などでない場合、その主張の根拠は何かが問われる。また、利用の仕方によっては、当該文献の著作権を侵害する可能性がある(盗用になる)。客観的な事実を記述しただけのものは、著作権の保護対象にならないが、事実であっても、調査や研究に基づくもの(例えば新しい万能細胞の存在など)は、自分で論証や実験をせずに他人の成果を典拠の明示なく利用すれば盗用と見なされる。どこまでが一般的に常識となっているかという点も、典拠を示す必要性に関係してくる。「イラン・イラク戦争は1980年9月22日に始まった。」という広く認められている事実でも、例えば何時何分にどちらの側がどこでどのように攻撃を開始したかという詳細については、当時の報道や記録、証言などを元にしなければ分からないことであり、検証の余地が残されている場合もある。
Q.アラビア語⇄英語の翻訳サイトはどれがよいか
A.まず、قتل الكلب. という一文があったとして、何通りのもの解釈が存在し、能動文か受動文かの読み方によって反対の意味になることを考えれば、その解釈は音声(読み)と文脈に大きく依存しているということがわかる。同じ文章でも、新聞記事と小説では違う訳し方が必要になる。現在のところ、翻訳サイトがこのような文脈を利用者と共有することは難しい。従って、機械翻訳は多かれ少なかれ不完全であると思わなければいけない。しかし、大量のサンプルデータから、どのような文章がどのような文脈で用いられるかというパターンを抽出し、翻訳をある程度パターン化することができる。Google翻訳は、人間が翻訳した文章からパターンを探し出して翻訳する方法をとっている(統計的機械翻訳)。この方式ではサンプルデータを大量にもっているほど翻訳の精度が上がることが期待されるが、データに間違った翻訳が多く含まれていれば、精度は下がる。
Q.現地の書店やオンライン書店で資料を入手する方法
A.ネット上で購入が可能な書店は多い。クレジットカードを利用するところが殆どであるので、初めて利用する書店で購入するときは試しに1冊だけ購入してみる。海外ネットショッピングの保険が利くカードを利用すると良い。
Q.書籍などの文献資料と新聞記事・ウェブサイトの記事の扱いの違い
A.どんな文章でも、論拠が明確であるかどうかが信憑性の手がかりになる。研究書は数ヶ月から数年、あるいは数十年をかけて、長く通用する真理を追究するものがある一方、単行書でも新書のように時事的な問題に対応し、参考文献も明示しないものもある。その性質によって扱いを変える必要がある。新聞記事は速報性を旨としているため、誤報がありうる。後で訂正されることも珍しくない。政権の影響下にあるメディアや政党・団体のマウスピースである機関紙など、報道のバイアスや文脈にも留意する必要がある。ウェブサイト上の情報は新聞よりも少ないチェックを経て公開されているものが多いため、信憑性もまちまちである。とはいえ、ネットの情報だから一概に信頼できないとは言い切れない。書き手が誰か、どんなスタンスで欠いているかなどを見て判断する。ニュースサイトの報道記事は一定期間後に閲覧できなくなるものが多い。Wikipedia日本語版の人文科学系の記事は専門家でない好事家による記事が多く信頼できないことが多い。ウェブ上の情報は後で修正されたり削除されたりすることがあるので、引用に際してはいつ閲覧したかを記入する。
Q.著者名や書名で検索すると不要な資料が沢山ヒットして目当ての本が見つけにくい
A.アラブ人は同じ名前が多いので、複数の著者がヒットすることが多い。タイトルも、主題そのものをタイトルにしている場合が多いので、似たようなタイトルが多い。①CiNii Booksなどでは著者名典拠リンクで著者を絞り込む。②特定の資料を探す場合は、ISBNや 出版地、出版者などの事項で探す。③特定分野の資料を探す場合は、分類記号、件名などを活用する。
Q.母音符号つきのアラビア語電子資料を探したい。
A.クルアーンと辞書以外の資料でシャクル(母音符号)を振っているのは、子供向け・外国人向けの教科書や読本に限られる。ネット上で探す場合には、متن/متون بالشكل/مع الشكل/مشكولةなどとすると、そのように銘打ってあるものが幾らかヒットする。
Q.アラビア語で書かれたアラビア語言語学の論文や文献を検索したい。
A.まず現地語のジャーナルを探す。論文は先行研究を必ず踏まえているため、その論文が参照している文献を芋づる式に探していく。単行書の論文集などに収録されているものもある。アラビア語の言語学を件名や分類記号で探したり、研究者の名前を把握して、著者名で検索したりする。
参考文献
【研究方法・論文の書き方:一般】
- 櫻井雅夫著『レポート・論文の書き方 上級 改訂版』慶應義塾大学出版会、2003年。特に引用形式や文献リストの体裁など、論文の体裁について詳しく説明している。シカゴ・マニュアルより日本人向けで分かりやすい。
- 東京大学教養学部歴史学部会編『史料学入門』(岩波テキストブックス)岩波書店、2006年。史料を使って研究する人向け。
- 住原則也、箭内匡、芹澤知広著『異文化の学びかた・描きかた:なぜ、どのように研究するのか』世界思想社、2001年。著者の専門は文化人類学、異文化研究だが、論文作成方法やインターネット上の文献の扱いなどについても扱う。
【研究方法・論文の書き方:イスラーム関係】
- 三浦徹編著(後藤敦子・徳原靖浩・柳谷あゆみ分担執筆)『イスラームを学ぶ:史資料と検索法』(イスラームを知る 3)山川出版社、2013年。日本におけるイスラーム研究の歩みと史資料や研究文献の検索、現地での資料収集や写本の見方など。
- 小杉泰、林佳世子、東長靖編『イスラーム世界研究マニュアル』名古屋大学出版会、2008年。
- 林佳世子、桝屋友子編『記録と表象:史料が語るイスラーム世界』(イスラーム地域研究叢書 8)東京大学出版会、2005年。史料を使った研究のお手本として。
- 清水宏祐「イスラーム史を読み直す」後藤明編『講座イスラーム世界2 文明としてのイスラーム』栄光教育文化研究所、1994年、pp.83-108。 イスラームの史料をどのように読むか、史料の種類など。
- 後藤明「イスラム世界の史料の扱い方」歴史科学協議会編『卒業論文を書く:テーマ設定と史料の扱い方』山川出版社、1997年、pp.258-267。インターネット時代以前の方法だが、イスラーム研究の文脈で具体的に研究を指導する貴重な文献。
- 小杉泰・林佳世子『イスラーム 書物の歴史』名古屋大学出版会、2014年。主に近代以前のイスラーム世界の書物の歴史や特徴、デジタル化などについて。
- ※参考文献リストや引用の形式については、『日本中東学会年報』や『オリエント』などのジャーナルの執筆要領など(学会HP上にも掲載されている)も参考になる。
【分類記号】
- もり・きよし原著、日本図書館協会分類委員会改訂編集『日本十進分類法』新訂9版、日本図書館協会、1995年。
- Dewey Decimal Classification and Relative Index, devised by Melvil Dewey. Edition 23. 4 vols. Dublin, Ohio: OCLC, 2011.
- Robert W. Hefner (ed.), The Cambridge History of Islam, Vol. 6: Muslims and Modernity Culture and Society since 1800, Cambridge: Cambridge University Press, 2010.
(2014年8月11日更新)